3年間に及ぶ薬物裁判の連載もついに最終回。最後は、これまで紹介した事件で、最も特徴のないものと言えるかもしれない。
罪状は少量の大麻所持。常習性こそ問われるものの初犯であり、覚せい剤の所持使用がない分、救いのない悲惨さはない。もちろん法を犯している以上は罪に問われるべきなのだろうが、司法もこの法廷に割く時間はないとばかりに、かつてないほど短い。
それだけに、「薬物で逮捕されることによって人は何を失うのか?」というリアルさが余計に浮き彫りになった法廷劇だ。
斉藤聡一さん
※プライバシー保護の観点から氏名や住所などはすべて変更しております。
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まずは例によって検察による起訴状の朗読から。
検察官「公訴事実。被告人は、みだりに、平成28年9月14日、東京都世田谷区西烏山5-17-3 グラッチェ211号室、被告人方において、大麻である、乾燥植物片5.49gを所持したものである。罪名および罰条、大麻取締法違反、同法24条の2第1項。以上につき、審理をお願いいたします」
今回の裁判はいわゆる即決裁判。結論ありきの20分程度の法廷劇です。起訴状も被告人が自宅で大麻を所持していたというシンプルなもの。これまでさまざまな傍聴記を紹介してきましたが、今回の裁判が最も事件性がないものと言えるかもしれません。
とはいえ、どうして被告人は大麻を持つに至ったのでしょうか?
弁護人「それでは弁護人からお尋ねします。前を向いてしっかりとした声でお答えください」
被告人「はい」
弁護人「大麻を使用していたということなんですけども、大麻を使ってしまったきっかけについて、簡単にご説明してください」
被告人「そうですね。先ほどありましたように、軽い気持ちから誘いを受けて」
弁護人「どこで? 場所は?」
被告人「最初ですか? 渋谷のほうのヒップホップのクラブで。興味も少しあったというのもあって、本当に軽い気持ちで手を出してしまったという感じです」
弁護人「使ったときの感覚はどういう感覚だったんですか?」
被告人「なんか、高揚感があるというか、なんていうんですかね、気持ちが高ぶるというか。そんな感覚がありました」
弁護人「それで、平成21年から継続的に大麻を使用したり、買ったりしていたわけですか?」
被告人「そうですね。平成23年から平成25年ぐらいの間は、まったく使っていなかった時期もあったんですが、それ以外はだいたい継続的に使っていたという……」
弁護人「大麻を持ってちゃいけない。吸うこともいけないということは、わかっていましたか?」
被告人「はい。わかっていました」
弁護人「何回も使用したり持っていたということですけど、自分のなかでやめなくちゃいけない思いはなかったですか?」
被告人「何度もそういう思いはあったんですが、どうしても誘惑だったり、気分が高ぶるという感覚がなかなか忘れられなくてとめられない状況でした」
■裁判には同居女性まで登場し……
この短い裁判の唯一の見どころ…というわけではないですが、一番長いパートは弁護人による被告人質問です。
検察は冒頭に要旨と終わりに意見を読み上げるだけで、これまで紹介した裁判のように被告を諌めたり問い詰めたりする場面は見られません。それだけに弁護人の長い質問がなんともアンバランスな印象を受けました。もう少し続きを見ましょう。
イラスト/西舘亜矢子
弁護人「反省する機会も与えられたと思いますが、大麻を持っているとどうして犯罪になるかわかっていますか?」
被告人「そうですね。まずは暴力団などの資金源になるということと、あとは大麻ほしさに犯罪をしたり、金銭的トラブルが起こったり、あとは、体に害があるということが、あると思います」
弁護人「うん。あなた自身も高ぶったりとか、興奮状態にあったりとか、そんなことがあったわけですよね?」
被告人「はい」
弁護人「ただ、あなたはある程度の期間、大麻をやってしまっているわけですよ」
被告人「はい」
弁護人「自分自身の依存的なものはどういうふうに捉えていますか?」
被告人「今のところはやるつもりもないですが、万が一、また使用したい気持ちになったときは、必ず病院に行ったり、そういうところに行って治療したり、完全に断つということを考えています」
弁護人「大麻を絶対的に断つために、あなた自身が工夫しようと思うことには、病院に行く以外にはありますか?」
被告人「はい。そうですね。同棲している彼女に相談もして、周りの援助というか関与してもらうというか、そういうふうにも考えています」
弁護人「それと、あなたが入手したところですよね?」
被告人「はい。ああそうですね。そこには必ず絶対に立ち寄らないこと」
弁護人「うん。まあクラブは楽しいかもしれないけど、そこに行くと、そういうお誘いがあるわけでしょ?」
被告人「そうですね。はい」
弁護人「もう立ち寄らないと決めていますか?」
被告人「はい。決めています」
大麻を買うと暴力団の資金源となり、クラブに行くと大麻を買わないかという誘いがある。毒にも薬にもならないなんともステレオタイプな物言いですが、前回紹介した覚せい剤の中毒者とは比べようもなく滞りなく進んでいきます。
弁護人「それから、同居している女性ですが、裁判から見て一番左の手前に座っている方ですか?」
被告人「はい。そうです」
弁護人「その方とは結婚する前提なんですか?」
被告人「はい」
弁護人「この方、障害があるっていうことですが、どういう障害ですか?」
被告人「はい。聴覚障害です。少し耳が難聴で聴こえないという」
弁護人「まあ、そういう人を支えないといけないという立場にあるということですよね?」
被告人「はい」
弁護人「もちろん、あなたが支える立場なわけですよね。念のためですが、今回、あなたが大麻を所持していたことを彼女は知らなかったということですか?」
被告人「はい」
弁護人「今回知って、だいぶショックを受けたということですか?」
被告人「はい。そうですね」
弁護人「どういうふうにあなたは、女性から言われていますか?」
被告人「もちろん、もうやらないでくれ。それと、今後のことをしっかり考えていってほしいと言われました」
弁護人「今後のことというと?」
被告人「結婚なり、将来的なこととか、仕事のこととか」
弁護人「あなたはこの機会に、仕事とか、将来のこともしっかり考えていくと」
被告人「はい」
弁護人「もう二度とやらないということでいいですか?」
被告人「はい。もう二度とやりません」
弁護人「以上です」
判決ありきの裁判で、果たして同棲する彼女のハンディキャップまで持ちだす必要があるのか、今も疑問が残ります。このような弁護人による質問も、以下、最後に読み上げる弁論もどこか大袈裟で奇妙に見えました。
弁護人「被告人は本件公訴事実を認めております。以下情状について述べます。被告人は、平成20年頃、ヒップホップ系のクラブで大麻を勧められ、大麻を使用したところ、お酒を飲んだときのような、気持ちのよい効き目があったことから、使用するようになりました。(中略)被告人は前科がなく、今回が初めての公判廷であります。被告人は保釈後、〇〇工業の下請けとして稼働しており、真面目に働く決意であります。被告人は同棲中の女性と結婚の予定であり、その女性が監督することを誓っています(中略)。以上です」
判決は以下でした。
裁判官「それでは結審して、引き続いて判決宣告を行います。被告人に対する大麻取締法違反被告事件について、次のとおり判決します。主文。被告人を懲役8ヶ月に処する。この裁判が確定した日から3年間、その刑の全部の執行を猶予する(後略)」
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斉藤さんの感想メモに「女性弁護士の被告人質問の内容のヒドさには参った」とあるが、これには同感だ。まるで裁判に無知なシナリオライターが、想像で「大麻の裁判の法廷はこんな感じ」とイメージしてまとめたような内容である。検察や裁判官より、弁護人が被告の社会復帰を遠ざけているようにすら思える裁判記録だった。
明かされる必要のない個人の事情まで白日の元に晒されるのが、罪を犯すことの一番の代償と言えるのかもしれない。
<取材・文/斉藤総一 構成/山田文大 イラスト/西舘亜矢子>
自然食品の営業マン。妻と子と暮らす、ごく普通の36歳。温泉めぐりの趣味が高じて、アイスランドに行くほど凝り性の一面を持つ。ある日、寝耳に水のガサ入れを受けてから一念発起し、営業を言い訳に全国津々浦々の裁判所に薬物事案の裁判に計556日通いつめ、法廷劇の模様全文を書き残す