更新日:2022年01月03日 10:18
エンタメ

「メリークリスマス」は魔法の言葉。生き恥を世界中に発信した僕にも優しい

何言ってんだこいつという感じだった

 嬉しそうな常連をよそに、店主はピンときていない様子だった。僕もピンとこなかった。何言ってんだこいつって感じだった。まったくいい話に聞こえないんだもの。  常連は満足したのかゲハゲハと笑いながらサッパリとした髪を携え、会計を済ませて「またクリスタル会いきましょうや」と言い残して退店していった。いよいよ僕が髪を切る番だ。  おっさん的な髪形にならないように遠回しにオーダーをし、いよいよ散髪が始まった。僕はすぐに話を切り出した。 「実は僕もクリスマスにうんこを漏らしたことありまして」  その言葉に店主は苦笑いだ。 「いやいや、丸山さんがあんな話をしたからってお客さんまでそういう話をしなくてもいいんですよ」  その言葉に僕は首を横に振る。 「いや、僕も魔法の言葉ってやつを試してみたくてですね」

僕もクリスマスにいっちょ噛みしてみたくなった

 本当にメリークリスマス的に締めればいい話になるのか。それを試したくなったのだ。 「僕はまあ、長いことインターネットで文章を書いたり企画をしたりしているんですが、2000年代くらいはネットの世界ではアンチクリスマス的な思想が強くてですね……」  髪を切られる僕を鏡越しに眺めながら、ゆっくりとしゃべり始めた。  2000年代のネット世界は「クリスマス中止」みたいな思想が強かった。クリスマスイブを恋人たちの時間と位置づけ、それに反する勢力としてネット世界があったような気がする。当時の僕もそのネットの潮流に乗り、クリスマスイブは寂しいネット民のためにラジオ放送をやるぜ、と当時に台頭し始めていた「ねとらじ」という誰でもネットラジオを放送できるサービスを利用してラジオ放送を行っていた。  あまり詳しくは覚えていないけど、たしかクリスマスを呪いながらガンガンに酒を飲んで、恨みつらみをトークしながら泥酔するという企画だった。悪乗りが過ぎて、クリスマスとクリトリスをかけた歌も作詞し、披露したと思う。やりたい放題だった。  イブの夜に暗い部屋でパソコンに向かい、クリスマスに対する憎悪をリスナーと共有する。それはなんだか世直しや人助けをしているような気分だった。  軽快にラジオ放送が進み、泥酔していった。そこで異変が起こった。途方もない腹痛が我が身を襲ったのだ。  外出先だったら完全に漏らすことを覚悟するやつだ。けれども、いまは自宅なので漏らす心配はない。いつでもトイレに行ける。けれども僕は限界まで我慢することにした。なぜならラジオ放送的においしいからだ。  ウンコを我慢する様子をおもしろおかしくトークする。ラジオ放送は盛り上がった。リスナーたちは大歓喜だ。まだまだいける。まだ屁で散らせる。うまくいって屁の音声がラジオに乗ってくれればさらに面白く盛り上がる。その判断が甘かった。  クリスマスの雰囲気、それに反抗するひとりぼっちレジスタンス、そんな気持ちで興奮状態にあったのかもしれない。それで自分の肛門の状態を見誤ったのかもしれない。または、極度の泥酔状態が臨界値をうやむやにしたのかもしれない。  屁の音を放送に乗せたろうとマイクをお尻に近づける。そして一気に屁で散らした。  プスー、ブブブブブブブブ
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いい感じで屁の音を放送できたと思っていたが……
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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