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「新年の誓い」を最速で破った僕は心を鍛えるべきなのかもしれない

僕もジョークを飛ばして場をなごませようとしたのだが……

 本当に僕をジムに入れようとしているのか。遠回しに拒絶されているんじゃないか。というか、サウナだとかYoutubeだとか、ぜんぜんジムの核心部に触れてこないセールストークだ。  さすがにこのままじゃまずいと思ったのか、インストラクターはついに核心に迫る質問を繰り出してきた。 「どこか重点的に鍛えたい場所ありますか?」  ここで上腕二頭筋だとか、腹筋だとかいえば、それにあった筋トレマシンを説明してくれるのだろう。ただ、こここは本当に鍛えたい場所を答えるよりも、ちょっとジョークを飛ばして彼と打ち解ける必要があると感じた。 「鍛えたい場所ですか、強いて言うならば“心”ですかね」  これで、心ですかーいやーでもそれは本質ですよ、トレーニングで鍛えられるのは筋力だけではありません、それを続ける精神力だって鍛えられるんですそれは筋トレの本質です、ジョークのつもりで心って言ったのにそんな真剣に返されると困っちゃうじゃないですか、いやいやすいません真面目な性格なもので僕はほかのインストラクターみたいに明るい感じでもないし口下手ですけど真面目さだけは自信がありますよ、その真面目さ気に入った入会! こうなることを期待していたんです。  けれども、僕のジョークを受けてのインストラクターの反応は違った。 「……」  正解は沈黙、と言わんばかりにスルーされてしまった。  ここでスルーされると「心を鍛えたい」という僕のジョークだけが宙ぶらりんになってしまう。  結局、終始この状態でまったく会話が発展することなく、ジムをセールスされることもなく、見学は終わりました。どうしても背中を押されたかったのに全く押されることもなく、これでは入会できないと考えたのですが、熟慮の末、入会することにした。  

この話が掲載される頃、僕は新年の誓いを継続しているだろうか

 おそらく彼はこの寡黙さ、口下手さから入会にこぎつけた経験がほとんどないのだと思います。だからこれだけ入会者が殺到して忙しくなるまで裏のほうに待機させられていた。そんな彼が僕を入会させることに成功したとなると喜んでくれるんじゃないだろうか。そう、新年からは人を喜ばせることに身を捧げようと決心したのです。背中を押されるというよりは、腹部を吸引されたイメージに近いのですが、それでも喜ばせようと入会を決意したのです。 「わかりました入会します!」  僕の言葉に彼もさぞかし喜んでくれるかと思ったのです。大喜びで踊り狂ったり大騒ぎ感情をむき出しにして大喜びするかとも思ったのですが、 「そうですか……月会費は銀行引き落としですが、ネット銀行はダメですので」  けっこう事務的でした。最後までトーンが低い。  みなさんも何かの区切りが必要で、新年にあたり色々な決意をすると思います。ただし、それは裏を返せば信念という区切りがなければそもそも決意しなかったものです。言い方は悪いですが、多くの場合がそこまで重要なものではありません。重要なものならば新年でなくても決意していますからね。  つまり、かなり気合を入れないと新年の決意は容易に瓦解します。この連載が掲載されるのは1月第2週の金曜日ですが、そのあたりには新年の誓いを挫折しているころだと思います。僕もこのジムはとっくに退会しました。区切りが必要な決意などそんなものです。  どうせすぐに挫折する、1月中ももたない、とわかっていながら新年を迎えるたびに誓いを立てて決意する。僕らはそういう生き物なのかもしれません。やはり僕らは新年を機に体を鍛えるより、挫折しないよう、心を鍛えるべきなのかもしれません。 <ロゴ:ヒールちゃん>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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