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<水島新司先生追悼> ‘70年代のちびっ子は『ドカベン』から全てを学んだ
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投稿日:2022年01月27日 15:53
<水島新司先生追悼> ‘70年代のちびっ子は『ドカベン』から全てを学んだ
松永多佳倫
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“ドカベン史上最高の試合”と四天王の過去
そして、のちに“神巻”と称される31巻に収録されているのが“鳴門の牙”率いる土佐丸高校との決勝戦だ。それまで土佐丸高校は選手全員が効き目に眼帯をして試合に臨み、凄みのないままなんとか決勝戦まで勝ち上がってきた。すべては打倒明訓、打倒山田のためだ。試合直前のベンチ前で選手全員が眼帯を外し、視界が良好の選手たちは里中のボールを簡単に捉えていく。 この土佐丸との決勝戦は、明訓四天王(山田、岩鬼、里中、殿馬)が抱える過去の苦悩とリンクした勝負の描写がとにかく秀逸であり、“ドカベン史上最高の試合”と誉れ高い。そんな史上最高の試合を決めるのが、山田もなく岩鬼でもなく、殿馬なのだ。 小学生の筆者は、殿馬が大好きだった。殿馬はピアニストでもあり、“秘打・白鳥の湖”、“秘打・花のワルツ”、“秘打・G線上のアリア”などのリズム打法によって好敵手を次々と撃破していく。団子っ鼻で語尾に「ズラ」をつけ、会話は必ず「おい、てめえよ」で始まるなど口は悪いが、俊敏な動きに加え、華麗なグラブさばき、ピッチャーをやらせても足腰、スナップの強さ、おまけにボールの上に乗って器用に歩くなど、センスの塊と言える選手だった。 筆者も小学校時代は静岡県東部の沼津市に住んでいたため、方言で「ズラ」はよく使っていた。「そうズラ」、「行くズラ」とちびっ子たちの間では日常の言葉として使われていたため、殿馬の言葉に妙に親近感が湧いたものだ。もちろん、ボールにも乗ってみたがすぐに滑って足を捻挫したため、それ以来二度とボールには乗ることはなかった。 土佐丸との決勝戦は試合経過とともに山田、岩鬼、里中、殿馬の過去が描かれていく展開となる。山田はなぜじっちゃんと妹サチコとの暮らしなのか、岩鬼はなぜ関西弁なのか、里中はなぜアンダースローで投げるようになったのかなど、人生のターニングポイントとなるシーンが描かれ、ついつい鼻をすすりたくなる。今までは「困ったときの山田のサヨナラホームラン」、「忘れた頃の岩鬼のサヨナラホームラン」が定番の展開だったなかで、最後の最後に殿馬が試合を決めたことに意味があり、価値があったのだ。
僕たちは永遠に水島野球の申し子
殿馬の回想シーンでは生い立ちや家族は一切描かれず、あくまでもピアニストとしての殿馬の苦悩が描かれている。中学時代、殿馬は指が短いために、自分より格下の奴にコンクール出場を譲らざるをえ得なかった。殿馬は熟考を重ねた挙句、指の股を切る手術を施すまでのシーンが描かれている。 試合は激闘の末延長戦に入り、延長12回裏。ランナーはデッドボールで出塁した一番岩鬼で、バッター二番殿馬。山田は右手の負傷でバットも振れない状態、里中は肩と肘、親指付け根を痛めパンク寸前。この回で決めないと明訓の勝利は絶望という場面だ。そこで殿馬は、3ボール2ストライクまで粘る。ピッチャー犬飼武蔵がアウトコースギリギリのストレートを投げた瞬間、殿馬はクローズスタンスでうまく隠し持った物干し竿のバットを目一杯長く持った。そして、遠心力を生かして届かないはずのアウトコースギリギリの速球をミートすると、打球はライトへ高々と上がる。ライトの犬神了が満身創痍ながら追いかけ、ラッキーゾーンによじ登って打球を捕るが、勢い余って観客席側に落下……しそうになるところを両足首で上部のフェンスに引っ掛けて態勢を残す。味方の外野手が助けに向かうところで、タキシード姿でピアノを弾く大コマの殿馬がビビーーンの効果音とともに「秘打・円舞曲別れ」と叫び、犬神は力尽きてラッキーゾーンへと落ちていく。 漫画家の山田玲司ときたがわ翔によるユーチューブ番組『【漫画家による極限の漫画分析】れいとしょう』でもこのシーンが懇切丁寧に解説されているが、この「秘打・円舞曲別れ」が勝敗を決する一打となったのには大きな意味がある。中学時代「届かない指」で栄冠を逃しひとり悔しい思いをしたのが、今度は「届かないはずのバット」が届いて栄冠を掴み取りみんなで分かち合った。この場面は殿馬にとって、栄冠を逃したあの日からの決別を示し、また山田、岩鬼、里中たちも忌まわしき記憶を断ち切って過去の呪縛に囚われずに未来へと向かおうという水島先生のメッセージ。絶対絶命の場面で非力の殿馬が放ったライトへの大飛球は、未来の希望の象徴でもあったのだ。 『ドカベン』はいろんなことを教えてくれた。真似してたくさん怒られもしたが、子ども目線ながら挑戦して新しい発見がたくさんあったことも事実だ。 ずんぐりむっくりの山田太郎の「しまっていこー」の掛け声から始まって、「スーパースター男岩鬼参上!」と岩鬼が高らかに吠え、「面倒ずらよ」と殿馬が呟き、「山田……」と里中がぐぐもった声で言いながら、「ウウウウ……」のプレイボールのサイレンが今にも聞こえてくる気がする……。 水島先生、僕たちは永遠に水島野球の申し子です。 文/松永多佳倫 写真/産経新聞社
松永多佳倫
1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『
92歳、広岡達朗の正体
』。著書に『
確執と信念 スジを通した男たち
』(扶桑社)、『
第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手
』(KADOKAWA)、『
まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後
』、『
偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―
』、映画化にもなった『
沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯
』、『
偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―
』、(ともに集英社文庫)、『
善と悪 江夏豊ラストメッセージ
』、『
最後の黄金世代 遠藤保仁
』、『
史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡
』『
沖縄のおさんぽ
』(ともにKADOKAWA)、『
マウンドに散った天才投手
』(講談社+α文庫)、『
永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―
』(河出書房新社)などがある。
『
92歳、広岡達朗の正体
』
嫌われた“球界の最長老”が遺したかったものとは――。
『
確執と信念 スジを通した男たち
』
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