八丈島のごみ処分場問題の話に、自分の取材体験を思い出した
そんな亮と私の結びつきも、沖縄がきっかけだった。さまざまなドキュメンタリー映像作品に登場した人物に、自ら物語を語ってもらう『ドキュ・メメント』という催しが、毎年、東京・品川で開かれている。そこに今回、沖縄のガマ(洞窟)に入って戦争犠牲者の遺骨を掘り続けるガマフヤー(遺骨収集ボランティア)の具志堅隆松さんが登壇した。
『ぼくが遺骨を掘る人「ガマフヤー」になったわけ』(合同出版)という本も出している。
私は去年、沖縄取材で具志堅さんのお世話になった。会いに出かけたら、その会場に亮が来ていた。そして、その“お連れ合い”の女性も。
丹下遊さん(亀山亮写真集『DAY OF STORM』より)
島の人、丹下遊(ユウ)。この女、カッコいい。見てくれもだが、心意気がカッコいい。島といっても沖縄ではない。東京都伊豆諸島の南端、本土の南300kmの太平洋上にある八丈島。島流しで有名な島だ。
東京生まれで、小学6年の時、家族と八丈島に移り住んだ。亮と出会ったのは19歳。本土から帰る途中の船の中だったという。ケンカを繰り返しながら仲良くなった二人は、一緒に暮らしたり別れたりの後、遊の故郷、八丈島を住処に選んだ。
荒れる海岸から八丈小島を望む(筆者撮影)
遊は亮にベタ惚れであることを隠そうともせず、亮もベタ惚れに違いないと見たがクールなそぶり。2人と3匹(猫)で、元は養蚕農家だったという築100年を超える木造の古民家で暮らしている。遊は島のNPO法人で働き、亮の土門拳賞受賞作『AFRIKA WAR JOURNAL』の翻訳にも携わった。
島の水源地に近い水海山 (みずみやま)で、ごみ最終処分場が計画された時、二人は仲間とともに立ち上がり、汚水漏れのおそれについて行政に説明を求めた。だが行政はまともに取り合わず、処分場は建設された。
その話を聞いた時、私は自分の取材体験を思い出した。1990年代、NHK社会部記者だったころ。東京・多摩地区の日の出ごみ最終処分場計画。汚水漏れはないと説明していたのに、漏れていた汚水。それでも建設を強行した行政。同じ構図だと感じた。
私たちは『ドキュ・メメント』で互いに盛り上がり、すっかり意気投合した。それからしばらくして私も新著を出すことが決まり、出版社から原稿を催促されていた。新年早々、執筆に専念しないと間に合わない。そんな話をしたら遊が叫んだ。
「じゃあ、うちにおいでよ!島なら仕事に集中できるよ」
座卓に並ぶ島の味(筆者撮影)
でも1月2日、私が島にたどり着いた時、亮はいなかった。本土に渡っているという。昔の仲間たちと正月の宴会だ。「じゃあ私たちも宴会しましょう!」と、ごく自然な流れで遊が島の仲間を集めた。それが同年配の女子ばかりで、にわかに“島の女子会”になってしまった。私は「名誉女子」という扱いで参加を許された。
卓上の島酒(筆者撮影)
畳にすれば16畳分はあろうかという板敷の大広間に、どっしりした広い木製の座卓。その上に島の山海の珍味が並ぶ。そしてもちろん島酒(八丈島産の焼酎)の一升瓶。その卓を囲んで島の女子たちのうたげが始まった。宴が進むにつれ、酔いも進み座が乱れてくる。そして出た、オトコの話。夫、彼氏、元カレ、職場の上司、ちょっとヤバい奴。いろんな男が登場するが、共通しているのは皆「ダメンズ」だということ。女子たちにこきおろされている。まともな男は、まだ小さくかわいい息子だけのようだ。
こういう場で私がうかつなことをしゃべると、集中砲火を浴びて“炎上”するのは火を見るより明らか。君子危うきに近寄らず。あいまいな笑みを浮かべ、男は黙ってサッポロビール。じゃない、島酒の杯を傾けていた。そんな私にす~っと近寄ってきたのが、一匹の猫。遊の飼い猫だ。やはり“女子”だが、「食べ方がハイエナみたい」というあんまりな理由で「ハイちゃん」と名付けられている。
猫のハイちゃんと筆者(八丈島の古民家で知人撮影)
ハイちゃんは私の膝の上にのっかり、気持ちよさげに丸まった。普段は見知らぬ人の膝にのったりしないそうなので、我が境遇に同情してくれたのかもしれない。その背中をなでながら、しばし至福の時を過ごしたが、女子たちのうたげは一向に終わる気配を見せない。私は真っ先にダウンし、隣室の布団に潜り込んだ。
深夜、誰かが部屋に入ってきた気配で目が覚めた。真っ暗で姿は見えない。寝ぼけ眼で状況がよくつかめない。誰だろう? 目を閉じたまま布団に横たわっている私に近づき、枕元に座り込んだ様子だ。熱い吐息が耳元にかかる。そして、そっと手を私の頭の上に置いた。何だかうっとりしているうちに、はっと気づいた。
……あれ? これ、手じゃない。足だ。前足だ。猫のハイちゃんの。ハイちゃんは、しばらく私に添い寝してくれたが、あきたのか、やがてそおっと部屋を出ていった。うたげが行われた隣の広間から、いびきの“ような”轟音が響いてくる。女子たちは全員泊まりこんだらしい。
島の雨上がりにきれいな虹の吉祥(筆者撮影)
翌朝、うたげの参加者で朝餉の膳を囲んでいると、ハイちゃんが近づいてきた。でも、私には見向きもせず、女子の一人の膝の上で丸くなった。どうやら私は「一夜限りの恋人」だったようだ。