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伝説の「1秒で止まるシャワーのある温泉」を求めて、無意味な旅に出た結果

果たして、シャワーは本当に1秒で止まってしまったのか

 片っ端から開けていく。たぶん常連たちは誰がどこ使うか決まっているから分からなくても大丈夫なんだな。なんとか空いているロッカーを見つけ出し、いよいよ浴場へ。果たして本当にシャワーは1秒で止まるのか。  浴場内は地域住民で混みあっていた。そりゃそうだ。靴箱もロッカーもどこ開けても使われていた。かなりの人数が入浴中ということだ。でも、ここにいる人たちみんな10円を惜しむケチなんだよな、などと考えながら洗い場へ。  10個ほどの洗い場があり、それぞれにシャワーが備え付けられている。ボタンを押すタイプのようだ。なんとか空いていた場所に座り、ドキドキしながらシャワーのボタンを押す。果たして本当に1秒なのだろうか。  ブシュ!  ボタンを押すと勢いよくシャワーからお湯が出てくる。止まった! 「本当に1秒や!」

もはやシャワーの意味をなさない

ついつい叫んでしまった。これがもう、押している間だけ出るタイプのシャワーではなく確かに押すと自動で出て、自動で止まるタイプの水栓。なのに1秒で止まる。防水腕時計に備え付けられたストップウォッチで計測したら0.87秒で止まっていた。1秒にも満たない。  髪を洗おうとボタンを押して、シャワーの下に頭を持ってところで止まる。こんなのどうやっても洗えない。周りを見ると爺さんたちは足でボタンを押しっぱなしにして洗っていた。マナー悪いな。  結局、手で押しっぱなしにして桶にためてから洗うしかなかった。もはやシャワーの意味をなさない。  何個かのシャワーで試してみたけど、やはりどのシャワーも1秒で止まるので故障とかでもないと思う。明らかに意図的だ。 「よし、1秒で止まるな」  本当にこれを確認するためだけに長い旅をしてきた。この無駄さが最高にゾクゾクするのだ。こんな無駄なことをしちゃう余裕のある自分、それを再確認できるのかもしれない。  本当にそれだけを確認して帰路に着く。僕はやはりこの無駄さを求めていたのだ。  奇しくも、現在のこの世界はこのように無為な旅をできる状況ではなくなってしまった。本来は多くの無駄を経て人々は余裕を再確認するが、その無駄が許されない世界は閉塞感に繋がる感覚すらある。できることなら早くあの無駄である日々が帰ってきてほしいものだ。 <ロゴ/ヒールちゃん>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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