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喉が乾いて仕方ない時、水とエロ本どっちを取るか。僕に気づきをくれた男子中学生

とにかく水分が欲しい僕はエロ販売機の中から飲めるものを探した

 この日本には数多くの自動販売機が存在している。一般社団法人 日本自動販売機工業会の調査によると日本には2018年時点で240万台の飲料自動販売機が存在するそうだ。それに対してエロ自動販売機はたぶん2000台もないくらいだと思う。それくらい数に圧倒的な差があるのに、まさか飲料の自動販売機が必要な場面でエロ販売機に出くわすとは。どんな確率だろうか。完全に絶望しかない。  それでも何かの間違いで、エロ販売機に紛れて飲料の販売機があるんじゃないか。そんな淡い期待を胸にその怪しげなプレハブ小屋へと侵入した。  これはなんのにおいですか。  プレハブ内は異様な熱気に包まれ、異様に臭かった。なんというか、なんらかの遺体が放置されているんじゃないかと疑いたくなるほど臭かった。あれほど暗かった外観とはうって変わって内部は明るく、これでもかというほど眩い照明が照らされており、左右に2台ずつ、計4台のアダルト自販機がそびえ立っていた。真っ黒なボディが印象的な怪しげないでたちだ。当然、飲料の販売機は存在しない。  エロ本のラインナップもエロDVDのラインナップもなかなかに刺激的かつ衝撃的で、セーラー服のおばさんが亀甲縛りになったりしている表紙が威風堂々と並んでいた。本屋などではあまり見かけないエロ本たちが大集合だ。それらの衝撃作に混じってアダルトグッズが並ぶ。 「ローション」  なぜかローションのラインナップが充実しており、強気に何種類も販売していた。頭の中を「街のホットステーション、ローション」という言葉が駆け抜けていく。一瞬だけ、ローションなら飲み物がわりになるのではと考えるけど、あまりにヌルヌル過ぎて大変なことになると思いなおした。  さらには大々的に新製品と謳われている「唾液を再現したローション」なるものが目に留まる。なんでローションで唾液を再現する必要があるんだと思うのだけど、箱の説明文を読むとなかなかに画期的な発明らしい。一瞬、唾液を再現したものならノーマルなローションより飲みやすいのでは、なにせ唾液だ。僕らは大半の唾液を無意識に飲んでいる。そう考えるけど、さすがに飲み物がわりにはならないと思いなおした。  とにかく絶望しかない。水を求める砂漠の旅人は水を求めているはずで、そこにエロが登場しても、おっぱいとかどうでもいいからとにかく水をくれとしか言わないだろう。それと同じ状態だ。エロはいいからとにかく飲料が欲しいのだ。  このエロ自動販売機には絶望しかない。  そう思っていると、外からガサガサっと何かが動く気配がした。まさか熊でも出たかとおそるおそる入口から覗くと、さすがに熊ではなかったけど、茂みのほうから明らかに人がいる気配がした。それは絶対に気のせいではないという確信があった。なぜなら来た時にはなかった自転車が茂みに隠すようにして置かれていたのだ。

視点が変われば、価値も変わるという大きな学び

「中学生か高校生じゃないだろうか」  漠然とそう思った。自転車の後ろには中学校のモノっぽいステッカーが貼られていて、自転車自体のデザインも大人が乗るようなものではなかった。件の人物が茂みに隠れてこちらに来る様子がないのも中学生だからと考えれば納得がいく。  つまり、ここにエロい自動販売機があると知った近所の中学生が、誰にもばれることなくエロ本を購入するために深夜のこの時間を選んでやって来たんじゃないだろうか。勇気を出して真夜中に来てみたらプレハブの中でおっさんが唾液ローションを買おうか真剣に悩んでいる。さぞかし怖かったと思う。  そこで気が付いた。これは希望なのだと。少なくとも彼にとってここは希望なのだと。  もちろん、すべてのエロ販売機には身分証を確認する機能が搭載されており、免許証なりを読み込ませないと購入できないようになっている。つまり、外にいるのが中学生であっても購入はできない鉄壁の守りが敷かれているのだ。それでも彼にとってはここが希望の光なのだ。なにかここに見出すものがあったのだと思う。  飲料を求めるに僕には絶望でしかなかったけど、エロを求める彼には希望の光だった。  視点が変わればその価値が大きく変わる。  ふいに運転手の松井さんのことを思い出してしまったのだった。  買えないと知ったとき、彼はどんなにがっかりするだろう。それならば、このエロ自動販売機の取り出し口に、さっき買ったハッサクを入れておいたらどうなるだろう。僕はほくそ笑んだ。死体の匂いがするこの空間が爽やかな匂いに包まれるばかりか、あとからきた中学生が、身分証が必要と知り、失意のまま取り出し口を眺める。なにかある。さては前にいたあの気持ち悪いおっさんが忘れていったな、エロいなにかだと心を弾ませて取り出す。ハッサク。目を丸くして驚くぞ。  そう思ったのだけど、このハッサクは3玉で500円もした高級ハッサクだ。中学生にくれてやるには惜しいと思いなおした。  プレハブを出て、また暗闇を歩きだす。あっというまに見えなくなった。いまごろ中学生が中に入って死体臭いと思っている頃だろうか。買えないと知ってがっかりしているだろうか。  あの黒い自動販売機は僕にとっては絶望だったけど、彼にとっては希望だ。視点が変われば価値が変わる。きっとそういうことなのだろう。  結局、悩んだ末に購入した「唾液を再現したローション」もほぼローションで、まったく喉を潤すものではなくて、なんやねん唾液ってと今の僕には無価値だけど、オナホとかにまぶして使う人にとっては、おほほーまさに唾液! と大変に価値があるものなのだ。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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