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成長して会話はなくなったものの……今でも固く繋がる兄弟の絆

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弟が1万円を欲した理由は案の定……

「あいつが俺に頼るかねえ……」  嬉しくもあり、感慨深くもあり、様々な感情が入り乱れていたけど、もっとも大きな感情は別のところにあった。 「なにに使うんだ」  弟が普通に1万円を使うだけならそう気にはならない。なにか必要なことがあるのだろう。欲しいものがあるのだろう。そう考えるだけだ。けれども、会話することなかった僕を頼ってまで1万円を手に入れる必要があった、となると話が変わる。そこまでしなくてはならない何かがあったと考えるべきだ。  気になって仕方がない。彼はいったい1万円を何に使うつもりなのか。  その答えはすぐに示された。弟の部屋からピンク色のチラシがでてきたのだ。おそらく郵便受けに投げ入れられたやつだろう。いかがわしい匂いがプンプンするチラシだった。ザラザラと安っぽいピンク色の紙にデカデカと「エロ本、通信販売!」と書かれている。どうやら現金書留で金を送ると厳選されたエロ本が配達されてくるというサービスのようで12冊8800円という微妙に高い値段設定がなされていた。 「これを買ったな」  当時はインターネットなど発達しておらず、未成年はAVのレンタルもできなかった。エロ的なサムシングを入手するには書店でエロ本を購入するくらいしか手段がなかったが、それはやはりハードルが高かった。近所の本屋のじいさんがかなり強面なので、そこでエロ本を買うにはかなり強いハートが必要だった。 「ふふ、あいつも成長しやがって」

弟の成長が嬉しかった。でも、すぐにそれは不安に変わった

 嬉しくもあった。鼻を垂らし、木の枝を振り回しながら僕の後ろをついてきていた弟の姿が思い出される。いつまでも子どもだ、子どもだと思っていたら立派な大人だ。自分の欲求に従い、あまり話したことがない兄に金を借りてまでエロ本を入手したいと考えるまでに成長していたのだ。喜ばしいやら寂しいやら、そんな複雑な感情が入り乱れていた。そこにもうひとつ、感情を揺さぶる事実が浮かび上がってきた。 「これ、柿沢が騙されたやつだ……」  僕はこのチラシのことをよく覚えていた。安っぽいピンク色の紙に、「エロ本、通信販売!」という勇ましい文言。特にこの「通信販売!」という部分をよく覚えている。「激安!」だとか「エロ本!」だとか「厳選!」ならビックリマークで強調する理由がわかるのだけど、「通信販売!」と通信販売である部分だけを強調するのはおかしい、そこの部分はあまり衝撃的ではない。その部分が印象的だったからよく覚えている。  2か月くらい前だったと思う。クラスメイトの柿沢がこれと同じチラシを持って鼻息を荒くしていた。エロ本を買うという。絶対に買うという。子どもの時から貯めているお年玉貯金を下ろすとまで言っていた。現金書留の封筒まで買ってきて大興奮の大車輪、とにかくあのときの柿沢はすごかった。  その1か月後。柿沢は黄色く変色した12冊の文庫本をもってやってきた。エロ本ではなくこれが送られてきたと。古本が12冊送られてきたと。1つは「女としての生き方」みたいな柿沢には一切関係ない本だった。  あまりに落胆する柿沢をみんなで励まそうと、その古本の小説を読み込んで、エロいシーンを抜き出し、ほらここちょっとエロい、もはやエロ本だよこれ、密室で死んだ全裸の女だって、くっそエロい、と励ましたのをよく覚えている。  まさか、それと同じものに弟が騙されているとは思わなかった。もう止めても無駄だろう。数日前に現金書留の封筒を持っていたから、たぶんもう金を送ってしまっている。
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僕は兄としてひと肌脱いだのだった
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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