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成長して会話はなくなったものの……今でも固く繋がる兄弟の絆

僕は兄としてひと肌脱いだのだった

 なんだか心の奥底のいちばん柔らかい部分がギュッと閉まるのを感じた。弟は独り立ちしたのだ。いつも僕の後ろをついて歩いていた弟が、自分で考え、自分で望み、自分で決心して僕に金を借りてエロ本を購入した。その第一歩がの先が詐欺である可能性が高い。そんな結末であっていいはずがない。  それから一週間して、茶色の包みが我が家に届いた。弟にあてた小包だ。届いたとき、家には僕しかいなかった。  そのサイズは明らかに小さかった。もっとこう、エロ本ってのは写真ものであれ、漫画ものであれ、だいたいが大判なサイズだ。それが12冊ある場合は結構な大きさになるはず。それなのに包みの時点で文庫サイズが12冊とわかってしまった。その小包は明らかなる詐欺のオーラに包まれていた。 「くそっ!こんなことがあっていいはずがない」  本当はダメなんだろうけど、もう時効だから言ってしまう。僕はその弟宛ての小包をビリビリと破いた。そして中身を見た。  やはり柿沢と同様、騙されたようで、よくぞここまで状態の悪い中古を集めたな、という文庫本が11冊。最後の1冊がすごく小さいポケット辞書みたいなやつだった。ページも張り付いている。完全にふざけている。  なんだかその12冊の汚い古本を見ていたら無性に腹がたってきた。どうして弟の決心が、弟の自立が、弟の冒険が、こんな形で毀損されなければならないのだ。これは詐欺ではない。一人の人間の旅立ちに対する冒涜だ。  気が付くと、その12冊のクソ中古本を押し入れの奥底にしまいこみ、新たに奥底から12冊のエロ本を取り出してきた。僕の蔵書だ。それも選りすぐりの選抜メンバーだ。めちゃくちゃ抜ける号のベストビデオとかも入っている。  それを茶色の包装紙で綺麗に包み、宛名を書いて玄関に放置する。帰宅した弟にぶっきらぼうに告げる。 「おう、なんか届いていたぞ」

相変らずほとんど会話はない。でも、俺たちは固い絆で結ばれている

「中身みてねえだろうな」 「見るかよ、まさかエロ本だったりして」 「ちげえよ」  そんな会話を交わし、それからまた僕らはほとんど会話をしない兄弟に戻ってしまった。  もうあれからかなりの時間が経ってしまった。いつのまにかエロは進化し、エロ本を通販なんて考えられない状態になってしまった。  いまだに実家に帰るとぶっきらぼうな弟に会うことがある。もはや弟ではなく、ちょっと知っているおっさんといった佇まいだ。ほとんど会話もない。  ただ、彼がどんなにぶっきらぼうでも腹は立たない。なぜなら僕は知っているからだ。いまだに実家の押し入れの奥底に、弟の神蔵書として大切に保存されている12冊のエロ本があることを。彼はかわいらしくも、ずっとあれを大切に保管しているのだ。 「これはもともとお兄ちゃんのやつだったんだぞ」 「まじかー、お兄ちゃんセンスいいなー、このベストビデオとかめっちゃ抜けるわ」  押し入れを開けるたびにそんな会話が幻聴のように頭の中で展開されるのだ。会話なんていらない。このエロ本だけで僕ら兄弟の絆はずっとそこにあるように感じられるのだ。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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