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ウクライナの親日派“ロックの女王”「音楽は常に私たちの救い。夢をあきらめない!」

ダリア・ザリツカヤ「コンニチワー」。戦時下のウクライナ首都キーウ。指定のカフェに現れた、長身で黒髪のモデルのような女性は、スパイクだらけの革ジャンとは裏腹に、気さくに日本語で挨拶してきた――。彼女の名はダリア・ザリツカヤ。ウクライナ国内外で人気のバンド「シェーシェン&ザリツカヤ」のボーカルだ。  ワイルドなシャウトが持ち味の彼女は、相棒の凄腕ギタリスト、セルゲイ・シェーシェンとともに、ボン・ジョヴィやホワイトスネイク、AC/DCなど、往年のハードロックやへヴィメタルのカバー動画をYouTubeで公開。再生数はそれぞれ数百万回を超え、中には1700万回を超えるものもあるなど人気を博している。ザリツカヤとシェーシェンは現在もキーウに残り、オリジナル曲を制作中だ。戦争の中でも音楽を続けようとする二人の思いを、戦場ジャーナリストの志葉玲が聞いた。

戦争下のキーウで発信を続けるロックバンド

ザリツカヤと、セルゲイ・シェーシェン(左)

ザリツカヤと、セルゲイ・シェーシェン(左)

 戦争はあらゆることを困難にする。生きること、生活することはもちろん、音楽も例外ではない。奇しくも、ロシアのウラジミール・プーチン大統領が「特別軍事作戦」なるウクライナへの戦争を開始した今年2月24日、ザリツカヤらはダイアナ・ロスの曲「Upside Down」のカバー動画を、自身のYouTubeチャンネルで公開する予定だった。  しかし開戦の報を受け、ザリツカヤは自身のインスタグラムで「今はいいタイミングではない」と動画の公開延期を告げた。当時のことを聞くと、ザリツカヤは「とにかく、恐ろしかった」と振り返る。 「開戦直後は、皆がシェルターとして避難していた地下鉄の駅構内に、私も避難したの。地下鉄から自宅に戻った後も、窓のある部屋は危ない、壁に囲まれたところが安全上マシだということで、開戦から2週間は廊下で寝起きしてたわ」(ザリツカヤ) 「戦争が始まって感じたのは、強い怒りと何かをしなくてはいけないという思いだった。だから、少しばかりボランティアをした」(シェーシェン)  開戦当時、多くの店が営業停止を余儀なくされたたため、水や食料、医薬品をキーウ市内で入手することが困難となった。とりわけ、高齢者など出歩くのが難しい人々にとって、近所の売店や薬局が営業してないことは死活問題だ。そのため、多くのボランティアがロシア軍のミサイル攻撃に巻き込まれるリスクに怯えながらも援助物資を配りはじめ、シェーシェンもその一人だったということだ。 「彼は控えめだから、『少し』と言ったけど、本当は開戦から1か月半、シェーシェンはずっとボランティアをやっていたのよ」とザリツカヤが付け加える。

ウクライナに残るという「抵抗の精神」

避難民の人々にスープを配るボランティアたち(キーウにて筆者撮影)

避難民にスープを配るボランティアたち(キーウにて筆者撮影)

 戦争により、音楽活動の一時中断を余儀なくされたザリツカヤとシェーシェンだが、やはり音楽への思いは捨てきれなかった。 「戦争に対する、抑えきれない怒り。この感情を音楽に向けていこうと思ったんだ」とシェーシェン。ザリツカヤも「多くの人々が愛する人や家を失ったことが、私にはとても悲しく、すごくストレスフルだった。自分に何ができるのだろう、と考えた時、やはり音楽なんだろうと思ったの」と語る。そして開戦から13日が経った今年3月9日、ザリツカヤたちは、「Upside Down」のカバー動画を公開した。  そこに寄せたメッセージで、彼らはこう宣言した。 「最も暗い時代でさえ、音楽は常に私たちの救いでした。私たちは夢をあきらめることを拒否し、私たちがやりたいことのために奮闘することを放棄しません。ギター、マイク、ドラムスティックを置くことを拒否します。私たちは歯を食いしばり、全身全霊で私たちの希望にしがみつきます」  ザリツカヤは英語が堪能で、チャンネル登録者数は71.6万人。ウクライナ国外のファンも多い。その気になれば彼女は国外に避難することもできるはずだし、助けたいというファンも少なからずいるだろう。だが、ザリツカヤは「私が避難したら、バンドは一体どうするの?」と肩をすくめる。  ウクライナ政府は、開戦直後に「国民総動員令」を発令。「戦闘可能」とされる18歳から60歳の男性の出国を禁じた。つまり、シェーシェンやドラム、ベース担当のメンバーは戦争が終わって総動員令が解除されない限り、国外には出られないのだ。だから、ザリツカヤもキーウに残り、バンドのメンバーたちと音楽活動を続けるのだそうだ。  シェーシェンは「確かに、ウクライナに残るということは、『ご機嫌な』状況ではないね。でも、正しいことだと思う。皆が国外に逃げたら、誰がこの国を護ったり、働いたりするんだい?」と言う。そして彼らたちにとって、音楽は抵抗の手段でもあるのだ。「私たちがここにいることは、抵抗の精神。ウクライナ人としての心意気でもあるの。ウクライナのミュージシャンとして、最も悲劇的な時に怯むことなく抵抗することを、世界に示せると思う」(ザリツカヤ)。
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