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ロシアとウクライナの“即時停戦”を求める、日本国内の声に感じる違和感

波紋を呼んだ「今こそ停戦を」の会見

波紋を呼んだ「今こそ停戦を」の会見

 G7指導者に対して、「即時停戦」のためのロシアとウクライナの交渉の場をつくるよう求める――。4月5日、伊勢崎賢治・東京外国語大名誉教授、岩波書店の岡本厚・元社長など日本の学者やメディア関係者らが都内で会見を行い、そこで発表された声明「Ceasefire Now! 今こそ停戦を」が波紋を呼んでいる。  この声明に対して、SNS上で「ロシアに利する」等との批判が相次いでいるのだ。リベラルを自認するジャーナリストの志葉玲氏も、現地を二度取材した経験から「ウクライナの人々の多くは『即時停戦』には賛同できないだろう」「対案が必要だ」と語る。以下、志葉氏の寄稿を掲載する。

今、停戦して喜ぶのはロシアのプーチン大統領

激戦地バフムトで、負傷し搬送される住民

激戦地バフムトで、負傷し搬送される住民

 4月5日に衆議院議員会館で行われた「今こそ停戦を」の会見に、筆者も取材に行った。そこで発表された声明では「日本政府がG7の意をうけて、ウクライナ戦争の停戦交渉をよびかけ、中国、インドとともに停戦交渉の仲裁国となることを願っています」とあり、声明の呼びかけ人には、ジャーナリストの田原総一朗氏や上野千鶴子・東京大学名誉教授などの著名人がずらりと並ぶ。この声明への賛同の署名集めや、新聞広告掲載のためのクラウドファンディングも行うそうだ。 「今こそ停戦を」という声明は善意に基づくものだろうが、ウクライナの人々の多くは支持しないだろうし、筆者自身も賛同できない。さまざまな論点があるだろうが、大きく二つに分けると、まず、第一にタイミングが最悪だ。  呼びかけ人たちによれば、来月の広島県で開催されるG7サミットに向けて声明を発表、署名やクラファンを開始したとのこと。しかし今「即時停戦」を求めているのは、ロシアのプーチン大統領その人だろう。なぜならこの間、ロシア軍が総力をあげて行ってきたウクライナ東部攻略戦が失敗に終わりつつあるからだ。  筆者は今年2月、ウクライナ東部の都市で同国最激戦地のバフムトを取材したが、同市はロシア軍の猛攻にもかかわらず本稿執筆の現在も陥落していない。仮にバフムトを陥落させたとしても、その周囲の防衛ラインは厚く、ロシア側が当面のゴールとしていた東部の重要都市クラマトルスクを奪うことなど、およそ実現しない状況だ。そのため、ロシア軍は無理に進軍するよりも、現在占領している地域を死守することに重きを置き始めている。  他方、ウクライナ軍は欧米から戦車等を供与され、これから反転攻勢に出ようというところだ。だが、もし今「即時停戦」の国際的な論議が持ち上がれば、ロシア側としては現時点での占領地を固定化でき、なおかつ「我々は平和を望んでいるのに、ウクライナ側は好戦的だ」と、ウクライナ軍の反転攻勢をけん制することができるという訳だ。

ウクライナの人々がロシアへの妥協を拒む理由

ロシア軍の攻撃で破壊された中学校(2023年2月、ドネツク州クラマトルスクで撮影)

ロシア軍の攻撃で破壊された中学校(2023年2月、ドネツク州クラマトルスクで撮影)

 無論、ウクライナの人々こそが1日も早い戦争の終結を望んでいる。だが、現地で人々に話を聞くと「ロシアに妥協するような形での停戦には反対」という声が圧倒的に多い。それは「停戦してもロシア軍の時間稼ぎになるだけで、プーチンはまた攻撃してくる」との懸念があるからだ。ウクライナ東部ルハンスク出身の女性は「プーチンのせいで二回、避難させられている。一度目はドンバス戦争。二度目は今回の侵攻。もう、うんざり」と話す。  ドンバス戦争とは、親ロシアのヤヌコビッチ政権が大規模な市民デモで2014年2月に倒れたことを契機に始まった、ロシアによるウクライナ東部への攻撃だ。ドネツク、ルハンスク両州(=ドンバス地方)で、現地の親ロシア武装勢力にロシアが兵器を供与し、ウクライナ軍と戦わせたほか、ロシア軍や同国の民間軍事企業も侵攻した。ドイツやフランスの仲介で停戦協議が行われたが、双方の停戦違反が相次いだ。  ドンバス戦争は、日本では上述の「今こそ停戦を」の呼びかけ人らの主張を含め、「内戦」と表現されることがあるが、ウクライナでは「ロシアの侵略戦争」として今回の侵攻と地続きと見なす人々が多い。だからこそ、人々は「停戦はロシアにさらなる攻撃のため準備期間を与えるだけ」と感じているのだ。
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ロシア軍占領下の地域にとっては「停戦=平和」ではない
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