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天才打者・田尾安志が今明かす二度のトレードの真相「僕は中日を出てよかったと思っている」

 門田博光、田尾安志、広岡達朗、谷沢健一、江夏豊……昭和のプロ野球で活躍したレジェンドたちの“生き様”にフォーカスを当てた書籍『確執と信念 スジを通した男たち』。  大男たちが一投一打に命を懸けるグラウンド。選手、そして見守るファンを一喜一憂させる白球の行方――。そんな華々しきプロ野球の世界の裏側では、いつの時代も信念と信念がぶつかり合う瞬間があった。あの確執の真相とは? あの行動の真意とは? 現役時代は天才打者の名を欲しいままにした男、田尾安志。そんな彼が選んだ「新設球団・初代監督」という茨の道。”信念の男”と呼ぶにふさわしい田尾の生きざまに迫る(以下、同書より一部編集の上抜粋)。

現役時代のフロントとの確執

取材時の田尾安志

 田尾は、現役時代に二度のトレードを経験している。 「一度目は“出され”、二度目は“出してもらった”」  トレードされたこと自体は同じだが、意味合いは大きく違う。  一度目の“出された”トレードは、’80年代で最も衝撃的かつ球界が震撼した大トレードだったと言われる。それだけに中日ファンは必ず一度は思ったものだ。 「もし田尾が中日にずっといたら楽に2000本は打てただろうに……」  田尾に直接聞いても「自分でも2000本はいけたと思いますね」と即答するなど、揺るぎない自信のほどを覗かせた。それほど脂が乗りに乗っている時期だったわけだ。

人気選手がなぜ放出されたのか?

 急転直下の出来事が起こったのは、ちょうどプロ入り10年目の節目の年だった。’85年1月24日、各スポーツ新聞の一面は当時話題となったロス疑惑や松田聖子の単独破局会見(郷ひろみとの破局)だった。  しかし、スポーツニッポンだけが一面に『キャンプ直前の大型トレード内定 西武・田尾』のキャッチが大きく躍る。交換相手は、サウスポーの杉本正とキャッチャーの大石友好の1対2のトレード。中日の顔とも言える田尾のトレードが本当であれば球界を揺るがす大ニュースだ。しかし、ファンや関係者はいつものように観測気球を上げた記事だと一笑に付し、誰も真剣に受けとめなかった。  当日、田尾はいつものように車で合同自主トレ場所のナゴヤ球場へ向かった。  午前10時頃ナゴヤ球場前の喫茶店で報道陣と談笑中に谷沢健一がちょっと眠そうな顔で現れた。田尾はわざとスポニチを持って「なぜか今度西武へ行くことになりました」と挨拶。誰もが誤報だと思っていただけに、谷沢も報道陣も「ようやるよなあ」といった感じで呑気に笑うだけだった。  10時30分から合同自主トレが始まり、約2時間が経過した12時40分頃、田尾は球団関係者に呼ばれる。 「食堂に鈴木(恕夫)球団代表と山内一弘監督の二人が並んで座っていて、トレードを言い渡されました。まったく思いもよらないタイミングでしたね。監督の山内さんは無頓着な方なので、山内さんの考えではないなとすぐわかりました。3年連続で最多安打を獲得していましたし、『まさか』でした。鈴木代表とは合わなかったなぁ、いろんなことがあったんですよ」  田尾は当時のことを思い出して苦笑いするしかなかった。  4年連続での打率三割に加え、3年連続のリーグ最多安打。3年間で計501安打を放っていた。田尾以降、3年連続で最多安打のタイトルを獲得しているのは、イチローと秋山翔吾(現シンシナティ・レッズ)の2人しかいない。OPS(打者評価指数)にしても4年連続で八割超えと乗りに乗っている時期で、2年連続で全試合出場を継続中だった田尾は、中日球団史の中でも文句なしのスーパースターだった。そんな人気選手がなぜ放出されたのか―。
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「僕はお金のためにやってません」
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1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。

92歳、広岡達朗の正体92歳、広岡達朗の正体

嫌われた“球界の最長老”が遺したかったものとは――。


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昭和のプロ野球界を彩った男たちの“信念”と“生き様”を追った渾身の1冊


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