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おっさんの安らぎの場所、田迎サウナの魅力に包まれて

水槽にぶらさがっている謎の500円玉群

 入口のドアをくぐると、ドデーンと大きな水槽が置かれている光景が目に飛び込んでくる。その水槽には小銭やら千円札やらが賽銭のように投げ込まれている。どうやらここに料金を入れるらしい。入浴料は500円。  その水槽の上部には10本ほどの紐がぶら下がっていて、その先にクリップがつけられている。そのクリップには500円玉が吊るしてある。 「なにこれ、疑似餌(ルアー)? これでおっさんがバグッて食いついて釣れたりするの?」  僕の素朴な疑問を銭湯好きおっさんが一喝する。 「なんでサウナにルアーがあるんだよ。おっさん釣ってどうするんだよ。これはお釣りだよ」  店員がいない無人のサウナなので、入浴料の500円を払う際にお釣りを渡す人がいない。自動支払機みたいなシステムを導入するのも面倒なのだろう。だから、水槽に千円札を投げ込んだ人はそのお釣りとして吊るしてある500円を取るシステムである。なるほど、なかなか合理的だ。  まあ、ルアーでおっさん釣るのも、お釣りも、同じ“釣り”という部分ではあながち的外れではない。 「おっさん釣りも、お釣りも似たようなもんだね」  僕の言葉を銭湯好きおっさんは無視した。

おじいちゃん、おばあちゃんの家に来たような感覚をおぼえるサウナ 

 さて、ルアーを回避し、脱衣所へと侵入すると、そこにはノスタルジックな空間が広がっていた。椅子が並べられた休憩所は、どこか昭和レトロな雰囲気で、夏休みにおじいちゃんの家だとかおばあちゃんの家に来た感覚を覚える。  その横には、学校の備品みたいな無骨なロッカーが並ぶ。銭湯好きおっさんはそのロッカーの一つを開けてヨシッ! ヨシッ! と指さし確認をする。急に始めるので頭でも狂ったかと思ってビックリした。 「常連が鍵を閉めずに着替えとか入れていることがあるから確認しないとね」  それを知らずに自分の服を入れて鍵を閉めてしまうと大変なことになるらしい。完全なるブービートラップだ。なるほど、空いていると思ってロッカーを開けるとバンバンとおっさんのパンツとかが出てくる。  僕もしっかりと指さし確認を行い、絶対に開いていると確信できる場所に服を入れ、鍵を閉めた。  いよいよ、お風呂とサウナに突入である。  最初に言ってしまうと、この田迎サウナ、その釣銭ルアーやレトロな雰囲気の印象が強いが、サウナの設定と水風呂の気持ちよさはかなりのレベルだ。  サウナは8人ほど入ると満員になってしまうくらい狭いけれども、温度が高く、上段に座るとかなりの熱さを堪能できる。それでいて湿度はそう高くなく、カラッとした純粋な熱気だけを堪能できる。  水風呂は十分に広く水量も豊富だ。特に、阿蘇の恵みを受ける熊本の地下水はとても冷たくてまろやかで気持ちいい。それらが惜しむことなく注ぎ込まれており、パイプを使って壁から染み出るように供給されるなど、きめ細やかさが光る。水風呂にはかなりこだわりがあるように思う。  メインのお風呂の方は、燃料費高騰のためお湯を節約していますと書かれていて、現在は自分で蛇口を開けて湯量と温度を調節するスタイルになっている。なんといってもここのメインはサウナと水風呂なので、浴槽を使う人は少ないのか、誰もお湯を足さないので僕が入った時はぬるま湯みたいになっていた。  このようにサウナと水風呂のレベルが高い田迎サウナだが、なんといっても一番の特徴は常連の皆さんだ。 「サウナに入っているとね、常連の人たちが探りを入れてくるんよ。見ない顔だけどどこからきたん? って」 と、事前情報を銭湯好きおっさんからきいていた。まあ、そういうこともあるだろうけど、さすがにそれはたまたまで、いつもそうやって探りを入れられるわけないと思っていた。しかし、その考えは実際にサウナに入って4秒で一変する。
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政治的主張をし続ける常連客の存在
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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