エンタメ

匿名掲示板で叩かれているお気に入りの風俗嬢を助けるために立ち上がったおっさん達だが……

夏井さんの思惑どおりに

「間違えるはずないだろ。るねだよ。でかいピアスをつけてるやつだろ? あれが臭わないなんて耳鼻科に行った方がいいぞ」  すぐに反論が書き込まれる。 「チャンスです。耳鼻科に行った方がいいぞに食いついて、鼻が詰まってるか詰まってないかという関係ない方向に議論を盛り上げてください」 「俺の鼻が詰まっているわけないだろ。今朝だって線路脇に咲いている名もなき花からいい香りがしてきたわ。お前の方こそ存在しない匂いを感じてるんじゃないの? それって幻臭(げんしゅう)っていうらしいぞ。幻臭はいまだ未解明な部分が多く、アメリカの研究では……」  夏井さんの思惑通り、スレッドの議論はあらぬ方向に転がりだした。それでも敵対勢力はなんとか「るね」ちゃんの悪口に軌道修正しようと試みてくる。 「るねちゃんはこの世に舞い降りたエンジェル」  僕も何かしなくてはならないと思い、なんとか「るね」ちゃんを知らないなりに上記のような擁護をひりだして書き込もうとしたのだけど、夏井さんにダメだしされた。 「こういうあからさまなものはダメです。本人、もしくは近しい人間の擁護を疑われます」  本当は本人に近しい人間に勝手に駆り出されてチームにされた人による擁護なのだけど、こういうのはダメらしい。 「擁護するという立ち位置は捨ててください。なぜなら本人かよほどの利害関係者じゃないかぎり擁護するメリットがないからです。あくまでも擁護とかは関係ないけど正確な情報を残す必要があるという正義、そのスタンスで書き込んでください」  すげえ難しいな。  結局、僕にはそう言った擁護のスキルがないようで、考えた擁護はすべて夏井さんに却下されてしまった。出る幕なしだ。  しかしながら、この攻防がある書き込みから一変する。 「さっきから『るね』の擁護に一生懸命なヤツ、300分とか貸し切りするキモいおっさんじゃね? 俺が入った時、そういうキモいおっさんがいるって『るね』が言ってたもん」  これは山岡さんのことだ。この書き込みからそんな300分も貸切るおっさんの悪口でスレッドが盛り上がってしまった。山岡さんもいきなり自分の悪口が始まってしまい狼狽を隠せない。 「おれ、たぶんその客が『るね』と歩いているところ見たことあるけどキモいおっさんだったよ、『るね』の顔もひきつってた」  酷いことが書き込まれ始める。

やがて「るね」ちゃん叩き、擁護、山岡叩きも入り乱れ……

「俺の出番だ」  知りもしない「るね」ちゃんの擁護は難しいけれども、よく知っている山岡さんの擁護ならできる。 「俺も見たことあるけど、そんなキモいかなあ。ああ見えても競馬で勝った時にたまに焼肉を奢ってくれたりしそう。いいやつっぽい。それでレジで金が足りなくて急に割り勘になりそうだし、確かにキモいけどw」 「ああ見えて、パンティなんて欲しくないけど、そのオプションがいちばん女の子の手取りが多くなるからってパンティ持ち帰りオプションつけてそう。確かに見た目はキモいけどw」  みたいな擁護書き込みを矢継ぎ早に繰り出す。山岡の擁護なら任せとけ。  結局こうして、「るね」ちゃん叩き、擁護、なぜか山岡叩きも入り乱れ、掲示板のスレッドだけがすさまじい勢いで進行していった。なにも結論がでないまま、ただただ誰かの話題が積み重なっていく光景は、ある意味ではグロテスクなものだった。  これは戦争なんだ。  たしかにこれは戦争だ。多くの戦争は不毛のまま終わる。悲しき結果のまま終わる。  激しい攻防戦の方も、何も結果を生み出さず、終了となった。解散となり、駅へと向かう。 「山岡さんの前では言わなかったけどさ」  夏井さんと駅へと向かう道中、彼がそう切り出した。 「他の客が見て300分貸し切りのキモい客って情報は得られないからね、たぶん『るね』ちゃんは店の人や同僚、他の客に山岡さんの悪口を言っているんだと思う。下手したら『るね』ちゃんが書いている可能性すらある」  僕はそれを聞いて胸がキュッと苦しくなった。 「そして山岡さんはそれに心のどこかで気が付いて、それでも『るね』ちゃんを擁護している」  そう、山岡さんはそういう人なのだ。  彼はさ、誰かの心の傷に人いちばん敏感で、自分の傷に鈍感なんだ。それでいていつも一生懸命なんだよ。確かにキモいけどw  るねちゃんから逸脱し、山岡さんの悪口で盛り上がるスレッドにそう書き込み、駅へと向かった。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

1
2
3
4
おすすめ記事