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NHK「大奥」、視聴率低迷も“オトナが観るべき”秋ドラマの最高傑作といえる理由

現代劇では表現できない人間の美醜

 ドラマ10『大奥 Season2』(NHK総合 毎週火曜よる10時~)は出色のドラマ。質の高さでは秋ドラマの中で1、2を争う。

(C)NHK

 なぜ、優れているかというと、第一に時代劇の持ち味を最大限に活かしているから。ドラマ制作者に聞くと、時代劇の長所は人間の美しさや醜さ、哀しさを真っ直ぐに描きやすいことにある。現代劇で同じことを表そうとすると、真実味が出にくくなってしまったり、臭くなってしまったりするが、時代劇はそうなりにくい。  このドラマは時代劇の可能性を上限まで活かし、人の美醜や哀切をあますところなく写し出している。男女逆転というフィクションが前提なので特殊な作品と思われがちだが、むしろ時代劇の王道を行く作品と言っていい。  その一例は仲間由紀恵(44)が演じていた幕府の最高権力者・一橋治済の存在。治済は邪魔者や気に入らない人間を次々と殺した。罪の意識は欠片もなかった。なにしろ親戚の老中・松平定信(安達祐実)から「人の皮をかぶった化け物」と称されるくらいなのだから。  治済が現代劇に登場したら、作品全体がホラーサスペンス調になってしまいかねない。あるいはリアリティに欠ける。しかし、時代劇であることを活かし、実在性を感じさせた。  このドラマで最も話題性が高かったのは治済だが、魅力の中心になっているのは栄光なきヒロインやヒーローたちである。美しい人間たちだ。仲間が醜い人間を名演したから、より輝いている。  登場する美しい人間の数は男女ほぼ同じ。「大奥」というタイトルとは異なり、女性ばかりではない。さすがはジェンダー問題が大きなテーマになっているドラマである。よく考えられている。これも優れていると思われる点の1つに挙げられる。

村雨辰剛演じる青沼がたどる悲運

 遊女とオランダ人の間に生まれた蘭学者の青沼(村雨辰剛)は混血であるゆえに幼いころから不当な差別を受けてきた。平賀源内(鈴木杏)の誘いを受け、蘭学を教えるために大奥に上がった当初も孤立感を味わわされた。それでも誠実に勤めをはたす。  そんな青沼を周囲は慕い始める。誠実な人間が認められるのはいつの世も同じ。やがて皆は一丸となって赤面疱瘡の撲滅に向けて動き出す。身分差や年齢差を超え、人々が力を合わせて世の役に立とうとする姿は観る側の胸を打つ。これも身分差がないことになっている現代劇では表しにくい世界観である。  赤面疱瘡は若い男子のみ罹る伝染病で、この病のために男子は女子の4分の1になってしまった。男女逆転が起きた理由である。しかし、青沼と源内の尽力により、予防接種「人痘接種」が開発され、赤面は防げるようになる。  ただし、人痘接種をすると、軽い赤面疱瘡に罹ることから、事故の可能性もある。その事故が起きてしまい、定信の甥が死んでしまった。この責任を取らされた青沼は斬首される。やむを得ない不幸だったのだが、定信は誰かに死をもって償わせないと気が済まなかった。人痘接種も禁じられた。斬首の直前、青沼は叫ぶが、泣きごとや恨み節ではなかった。 「これで人痘の仕方がのちの世に伝えられます! いつか必ず世が再び人痘を求めるときが来ます。そのときは皆さん、よろしくお願いします!」  教え子たちは泣きながら、口々に「先生、ありがとうございます」と声を上げた。もう差別など微塵もない。自分の勤めをはたせた青沼は満足げだった。死を嘆かなかった。観る側の胸を揺さぶったが、この世界観も現代劇で描写するのは至難だ。
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視聴率は連続ドラマで最下位クラスだが
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放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員

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