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おっさんは想定外の事態に弱い生き物である。ジャパンカップで見たとある光景

ふと激しく議論しているおっさんが目に入った

nikumanFTHG2290_TP_V まあ、そこまで絶望的な行列というわけではないので、なんとかオナラで散らしつつ並んでいれば漏らすことはないだろう、ギリいけると判断し、行列に並ぶ。すると、その横のテーブルからおっさん同士の会話が聞こえてきた。 「だからさ、いくらイクイノックスといえども競馬に絶対はないわけよ」  トイレの行列から少し離れた場所に、ちょっとした飲食ができそうな背の高い机が置かれている。椅子はないのであまり長居はできないが、購入した飲食物を置くのに最適なテーブルだ。そこにビールを置いておっさん二人が激しくジャパンカップについて話し合っていた。  ただ、それは話し合いというよりは一方的な展開で、Dynamite!と書かれたジャンパーを着ているおっさんがPOLOと書かれたジャンパーを着ているおっさんに一方的に説法しているような状況だった。その言いっぷりがかなり早口で激しい。 「やっぱジャパンカップはイクイノックスで堅いね」  POLOが軽い感じでそう口にすると、Dynamiteの表情が鬼の形相へと変わっていった。

持論を早口、改行なしで捲し立てるおっさん

「まずイクイノックスが盤石ではない理由として挙げられるのが、イクイノックスはジャパンカップと同じく東京2400で開催された日本ダービーで負けている。ということは東京2400が苦手ということだけど、これはまあ、外枠だったし仕方ない部分はある。東京2400は外枠が圧倒的に不利だからな。今回は内枠なので手堅いと思わせつつ、それが罠なんだな。まず前走の天皇賞の走りも不安材料だ。イクイノックスはあまり体が強くないと言われていてレース間隔を開けながら大切に使ってきた。この1か月しかないレース間隔はとても不安要素だし、その天皇賞もレコードタイムという激しい走り、その反動が必ずある。そして、なぜならイクイノックスはここまでずっと盤石な展開ばかり経験していて想定外の事態に対応できないかもしれない。何が起こるのか分からないのが競馬だ。例えば出遅れたらどうする。そのまま被せられて包まれたまま力を発揮できなければ終わる。つまり想定外の事態が起こった時にオッズの妙味的に考えて……でもイクイノックスを複勝で買うのは絶対に間違いだぞ。頭が沸いてる。買うなら単勝しかない!」  こんな主張をかなりの早口で、それもかなりの激しさで、身振り手振りを交えながらめちゃくちゃ激しく主張してくるのだ。 「想定外の事態といえば、おれが宝塚記念でゴールドシップを買ってた時に……」  Dynamiteはさらに激しく喋り続け、領域展開がまだまだ続きそうだぞという気配が漂い始めたとき、POLOがそれを遮るようなジェスチャーを見せ、スマホを耳にあてて誰かと会話しだした。 「あ、ついた。うんうん、そう。何が見える? あ、大丈夫だね、そのまままっすぐ進んできて」  電話を終えたPOLOが説明する。 「実はさ、職場の女の子がどうしてもイクイノックスを見たいって言うからさ来ることになっているんだよ。友達もつれてくるみたい。若い子なんだけど、けっこう競馬好きな子みたいでイクイノックスのファンなんだけど、生で観戦するのは初めてみたいだから教えてあげてよ」  その言葉にDynamiteが明らかに動揺しているのがわかった。おそらく自分の領域、この東京競馬場という領域の中に若い女が入ってくることを想定していなかったんだと思う。
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現れたゴリゴリのギャル二人
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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