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NHK『虎に翼』が「“F1層(20~34歳女性)”から支持される」納得の理由。朝ドラでは異例

若い世代を惹きつけるエンパワメントの構図

 なにより若い世代を惹き付けるのは、エンパワメントの構図が丁寧に描かれているからだろう。エンパワメントとは、集団内や組織内において自信を失っていたり、本来の持ち味を出せていなかったりする仲間がいたとき、周囲がその人らしさや能力が発揮できる環境づくりをすることを指す。1950年以降、米国の公民権運動から生まれた考え方だ。  エンパワメントの考え方には命令も競争もない。また、個人にハンディキャップやマイナス面があっても周囲はそれを補わず、その個人が持つ長所や力をより引き出そうとする。  寅子たちも学業で同級生と競わない。だから成績面での嫉妬も生まれていない。また、それぞれが仲間の多様性を認めており、立場が違うことが分かっているから、安っぽい同情もしない。一方で仲間の一人ひとりが自然体になれて、本来の能力が出せるように努めている。  たとえば第13回で山田よね(土居志央梨)が過酷な生い立ちを告白したとき、誰一人として慰めの言葉を掛けなかった。その後も特別扱いしない。代わりに寅子は第15回でこう伝えた。 「よねさんは、そのまま嫌な感じでいいから。怒り続けることも、弱音を吐くのと同じように大切なことだから。私たちの前では、好きなだけ嫌な感じでいて」  立場と個性の尊重だ。よねは「あんっ?」と怪訝な顔をしたが自分らしさを認めてくれたのだから、これ以上にうれしい言葉はなかったのではないか。心を固く閉ざしていたよねにとって、寅子たちは初めての友人になった。

男女平等史でも優劣を描く物語でもない

 華族の令嬢・桜川涼子(桜井ユキ)も自分と平等に接する寅子たちと付き合ったことにより、本来の自分を出せるようになる。お付きの玉(羽瀬川なぎ)に「ありがとう」と本音を素直に言えた。  梅子は夫と長男にないがしろにされたため、「自分は嫌な女」と思い込み、心が折れかかっていたが、寅子たちが好きになってくれたお陰で自信を回復する。自然体の自分を取り戻す。  朝鮮からの留学生・崔香淑(ハ・ヨンス)は拙い日本語を笑われて嫌な思いをしていたが、梅子が声を掛けてくれたために疎外感を味わわずに済んだ。梅子が自分の家庭内での不遇と自己嫌悪を打ち明けた第18回、崔は「梅子さんは嫌な女なんかじゃない! 大好きよ」と叫んだ。梅子は力を得た。  この物語は男女平等史でも男女の優劣を描く物語でもない。男性側の生きづらさも表し、仲間たちの存在によって自分らしさを取り戻す過程も描写されている。  花岡の場合、東京帝大に落ちたことから気持ちが荒んでいたが、轟の張り手や梅子のやさしさであるべき自分を取り戻す。直言の弁護を担当教授の穂高重親(小林薫)に依頼し、自らも直言の無実を証明するために動く。父親の跡を継いで弁護士になろうとしていた花岡らしい。  轟も寅子たちと級友になったことで一変した。男尊女卑的な考えが消えた。第19話、花岡に対し寅子たちが好きになったと打ち明けた。 「俺が男だと思っていた強さややさしさをあの人たちは持っている。いや、俺が男らしさと思っていたものは、男とは無縁のものだったのかもしれない」
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旧来の朝ドラとは違うヒロイン像
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放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員

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