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報われない恋に悩み、AIで官能小説を書こうとしたおっさんの試行錯誤

妖艶な笑みを浮かべてしまう竹下さん

——————————————————  いつものようにスナックで二人っきりの竹下さんとママ。ママがグラスの水滴をそっと指で拭き取りながら、ふいに甘い声で言葉を発する。 「もう夏ね、竹下さん」  竹下さんは妖艶な笑みを浮かべながら応えた。 「まだ梅雨さ、でもあなたの香りが夏を運んでくる」  ママはクスリと笑った。思えばいつも同じような会話を繰り返しているけど、今日は特別な何かを感じる。 「今日はもう店じまいにしちゃおっか」  竹下さんはそっとグラスを傾け、深く見つめながら応える。 「俺も男として店じまいよ、君と一緒に」 ——————————————————  意外なことに怒られなかった。むしろちょっと乗り気で「もちろん!」と二つ返事だ。 「“まだ梅雨さ、でもあなたの香りが夏を運んでくる”あたりのセリフはかなりいいですね」  ただ、竹下さんは不満らしい。まず、グラスについた水滴を指で拭き取っているところが不衛生だし、妖艶な表情を見せているのがママではなく竹下さんになっている。さらに全体を通してちっともエロくないところが気に入らないらしい。本当に面倒な人だ。

エロくしようとすると規約違反に

「じゃあ、もっと官能的にしてくれって命令してみますか?」 「たのむ」  さきほどの文章を入力し、今度は「官能的にしてくれ」と命令する。即座に結果が表示された。 「このコンテンツは規約違反です」  ほら見ろ、怒られた。  けれどもまあ、エロくしてくれには乗り気で食い気味に執筆し、官能的にしてくれだとブチギレられる。まるで怒りのラインが分からない。情緒が安定していない恋人を相手にしている気分だ。 「あとさ、このシーンも納得いかんのよな。生成AIに書き直してほしい」  ママは大きく体をのけぞらせる。 「あああ、まるでスコッチ、これはスコッチ」  淫らな表情を見せるママを見下ろし、竹下はニヤリと笑う。 「海に囲まれたキャンベルタウンで作られたスコッチはすこし塩味がする。まるで君のようにね」  シングルモルト。そんな言葉が頭に浮かんだ。  もう意味が分かんねえなこれ。これをどうしろというんだ。
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もうAIのふりをして僕が書くことにした
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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