ライフ

知っていた人やモノが、いつしか儚く消える。そうやって僕らは歳を取る

カフェオレ元帥の痕跡はかけらも存在していなかった

 あれは飲むためではなく、ただ自分のアイデンティティのために持っているだけなんだ、という情報が匿名掲示板に書き込まれたりした。スロットに勝つための爺さんなりのルーチンだと書き込まれたり、いや、爺さんは家族を亡くしており、その家族が好きだったカフェオーレを持参することで弔っているなどと書かれたりもした。なかには、爺さんのほうが飾りで本体がカフェオーレなんていうよく分からない言説が流布されることもあった。  もうその店に行かなくなってからずいぶんと時間が経過したのだけど、いま、グリコのカフェオーレが手に入らなくなったこの世界で、あの爺さんはなにをも手に持っているんだろう。なんだ妙に気になってしまったのだ。  さっそく、インターネットを駆使して、匿名掲示板における隣の市のその店の話題を扱ったスレッドを覗いてみた。ただ、僕が通っていた当時からすっかり住人が入れ替わっているらしく、カフェオレ元帥の話題はかけらも存在しなかった。  スレッドには「店長左遷」「新店長左遷秒読み」「新店長の愛人疑惑のニセ浜崎あゆみ」「ニセ浜崎あゆみまで左遷」と妙に店のスタッフの左遷の話で盛り上がっており、カフェオレ元帥の話題はこれっぽっちもなかった。

カフェオレ元帥を探してバイクをすっ飛ばした

 当時でもまあまあの高齢であり、けっこうなヨボヨボ具合だったのでもしかしたらもう星になってしまったのかもしれない。そんな想いを抱えつつも、バイクをすっ飛ばして隣の市のその店に行くしかなかった。なんというか、まだあの爺さんが元気でいてほしいと強い気持ちが生まれていたのだ。 「いつものグリコのヤツが売ってねえんだよ、ガハハハ」  と笑いながら、別メーカーのカフェオレを手に持っていてほしい。あいかわずジャグラーに狂っていてほしい。そう願いながらバイクをかっ飛ばしていた。  店に到着する。数年ぶりの来店だけど、店の雰囲気はなに一つ変わっていなかった。ただ、当時の常連みたいな連中はすっかり入れ替わっているみたいで、見たことない顔ばかりだった。店の造りはまったく変わっていないのに、常連だけがすっかり入れ替わった店は異世界のようだった。
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左遷の話題しか出ない変な店
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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