更新日:2024年11月11日 14:49
ライフ

5年前に「全区間廃止」された北海道夕張支線。廃線跡を巡って分かった“夕張市の現在”

廃墟が目立つ夕張の町

夕張本町キネマ街道

昔の映画館でよく見かけた手書きの絵看板を再現している夕張本町キネマ街道

 石炭博物館を見学した後は、夕張駅まで約3.5㎞の道のりをウォーキング。途中には『ゆうばり国際ファンタスティック映画祭』でお馴染みの映画の街らしく『夕張本町キネマ通り』と名付けられた通りもある。ここには昔の映画館には必ずあった手書き風絵看板が点在し、ただの街歩きも楽しい。
夕張市民会館と一体化されていた夕張本町駅

夕張市民会館と一体化されていた夕張本町駅。ちなみに右の建物は夕張市役所

 それらを眺めながらしばらく進むと夕張市役所に到着。隣には15年度末で閉鎖された夕張市民会館があるが、ここは夕張鉄道の夕張本町と一体化されていた施設。  商業施設にもなっている駅は全国各地にあるが、市民ホールと一体型の駅というのは大変珍しい。ここ新駅舎が誕生したのは1963年のことで、今でも通用しそうな先進的な駅だったようだ。
ホテルマウントレースイ

休業中のリゾートホテル『ホテルマウントレースイ』。横の小さな建物は夕張駅舎

 その後も歩き続けると、三角形の大きな建物が印象的なリゾートホテル『ホテルマウントレースイ』がある。  夕張のランドマーク的な存在だったが、20年12月に運営会社が破産申し立てを行い突然閉鎖。その後、別会社の運営によってスキー場は21-22シーズンから営業が再開されたが、ホテルは現在も休業したままとなっている。
現在の夕張駅

ホーム側から見た現在の夕張駅

 夕張駅はこのマウントレースイの隣にあり、現在はカフェが営業中。時計台のある三角屋根の洋館風の建物との雰囲気がマッチし、観光客に人気のスポットのようだ。  ほかにも駅の横には屋台村があり、ここで筆者が昼食に頼んだのは夕張名物のカレーそば。今回初めて食べたが、うどんだけでなくそばもカレーとの相性が抜群。雨で冷えた身体を温めることができた。

線路は踏切を除くと大半の区間で残っている

鹿ノ谷駅

駅舎がほぼ完全な形で保存されている鹿ノ谷駅。駅近くの歩道橋から一望できる

 食後は路線バスで行ったり来たりしながら、鹿ノ谷駅や清水沢駅、南清水沢駅、沼ノ沢駅の沿線4駅を訪問。駅舎が今もあるのは鹿ノ谷駅と南清水沢駅だけだったが、線路は踏切を除くと大半の区間で残っている。実際、筆者以外にも車でこれらのスポットを見て回っている人たちが何組もいた。
幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば

名作映画のラストシーンの舞台『幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば』

 また、沿線には高倉健主演、監督山田洋次の名作映画のラストシーンの舞台となった『幸せの黄色いハンカチ想い出ひろば』(1977年公開 ※今年は11月4日で営業終了)もある。廃線巡り同様、ここも来たかったので夕張で行きたかった場所をひと通り訪れることができた。  この日は夕張市内に唯一あるビジネスホテルに泊まり、翌日は昼から札幌で用事があったため、午前中のうちに新夕張駅から戻ることに。  ところが、ここでハプニングが発生! みどりの窓口が日曜休業で、駅にあった券売機もネット予約サービスの『えきねっと』で購入していた乗車券・特急券が発券できないタイプだったのだ。  北海道はまだデジタル特急券・乗車券には対応しておらず、紙のきっぷを発券しなければならない。事前に確認しなかった筆者のミスだが、泣く泣くキャンセルして改めてきっぷを購入するハメに。  結果、きっぷ払い戻し手数料の340円を余計に負担することになってしまった。便利なはずのネットでのきっぷ購入にこんな落とし穴があるとは……。  この件を抜きにしても夕張市内は路線バスの本数が少ないため、不便であることは否めない。特にこだわりがなければ、やはり夕張は車で訪れたほうがいいかもしれない。 <TEXT/高島昌俊>
フリーライター。鉄道や飛行機をはじめ、旅モノ全般に広く精通。3度の世界一周経験を持ち、これまで訪問した国は50か国以上。現在は東京と北海道で二拠点生活を送る。
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