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秋葉原無差別殺傷事件 “加藤智大”を語る/描くということ【中島岳志×大森立嗣】

「秋葉原無差別殺傷事件、犯人、加藤智大、彼は一体誰なのか?」
― 中島岳志×大森立嗣対談 Vol.1 ―


映画『ぼっちゃん』

映画『ぼっちゃん』 ユーロスペースにて公開中。他、全国順次公開! (C)Apache Inc.

 現在、渋谷・ユーロスペースで公開されている映画『ぼっちゃん』。この作品は2008年6月8日に起こった秋葉原無差別殺傷事件を“モチーフ”にした作品である。

 その公開を記念して、本作品でメガホンをとった大森立嗣監督と、加藤の生い立ちから事件に至るまでを追ったルポ『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』を著した中島岳志氏によるトークイベントが、3/18、渋谷ジュンク堂にて開催された。

 派遣労働者の不安と孤独/ネット世界への依存/非モテ・ブサメンの鬱屈……。

 前代未聞の凶行に事件当初は、報道は加熱し、論壇でも熱い議論がなされた。が、裁判の開始とともに加藤智大に向けられた人々の関心は急速に冷えていく。事件から約5年。加藤のディテールに迫った中島氏と、加藤を物語の力で描くことに挑んだ大森監督が、改めて、加藤智大、秋葉原無差別殺傷事件とは何だったのかを語る。

◆「誰かを愛したい」と加藤は言った

中島:大森監督が映画『ぼっちゃん』を作るきっかけとなったのは、加藤智大の「私は愛が欲しい訳でも、愛して欲しい訳でもないのです。精一杯、誰かを愛したい……」という書き込みだったと伺っています。これは事件の9日ぐらい前に書き込まれたものですが、加藤のこの言葉は、大森さんにどのように響いたんですか?

大森:事件の映画化については、ネットに出ている書き込みをすべて見ていて、直感的に「もしかしたら映画にしたら面白いかもしれない」と思ったのが最初でした。

実は、書き込みを読んでいて、ちょっと笑えちゃったんです。ふとした瞬間に。センスがあったりするじゃないですか。おかしくて笑えたことと、それから、加藤を、どこか僕らと同じ地平におきたいと思ったときに、「人を愛したい」と言っているというところで、ギリギリ、映画として保てるのかなと思ったんです。

まったく、どこも共感できない男のことを描くのはやはり難しいですから。どこかで彼と同じ視点に僕らもいるんだぞ、と言えると思ったんですね。

中島さんは『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』を書こうと思ったのはいつなんですか?

中島:書こうと決意するまでに、いくつかの段階がありました。まず事件が起きてすぐ、彼がネットに書き込みを続けていたという報道があり、気になったので、新聞社の知り合いに頼んで、その内容を送ってもらったんです。同時に、翌日からの報道で、彼の数日間の行動が明らかになっていき、それらを見ていて、ひとつどうしても気になったことがあったんです。

彼は事件の2日前に、福井県にダガーナイフを買いに行っているんです。当時、彼が住んでいたのは静岡県裾野市で、福井まではかなりの距離がある。調べてみれば、彼が購入したダガーナイフは案外普通のもので、静岡県内にある専門店でも購入できる。ましてや彼は事件前日にも秋葉原を訪れていて、東京でなら余裕で手にはいるものでした。なのに、わざわざ福井に行っている。そこから、なんなんだ!?と疑問が膨らんでいきました。

その次に気になったのが、僕と同世代の論客たちの議論です。事件が起きた2008年6月はリーマンショックの直前。アメリカのサブプライムローンが問題になり、派遣切りが問題になっていた頃でした。そんなときだったので、僕の友人でもある若手論客と言われる人たちがこぞって、派遣労働の不安の問題だ。労働問題だといい始めた。同時にインターネットの問題だという議論も出たし、「おたく」という現象の問題だという議論もありました。

僕自身も、メディアからコメントを求められたり、何かを書いてくださいという依頼をいただきましたが、あまりにわからなすぎて語れなかったし、書けなかった。この事件について、僕は失語してしまったんです。だから僕は、あらゆる依頼を見送ったんです。

◆加藤を自分の鋳型にはめて語っていた

中島岳志×大森立嗣対談中島:そして、事件の裁判が始まり、メディアや人々の関心が事件から引いていくという不思議な現象が起きるんです。

裁判で加藤はこれまでの報道で言われていたような原因をすべて否定します。派遣切りのせいではなく、モテないせいでもない、母親との関係でもない。だったら何んなんだ?となったときに、彼は「掲示版でのなりすましや、荒し」が原因だったと言う。

このとき、何ていうか、皆、ずっこけたんですね。裁判の傍聴で一緒になった記者たちは、「がっかり」とは言いませんでしたが、「あれ?」っと。

一部ネット上では「加藤は神」と書かれていた。派遣労働者の代弁者だと。でも、加藤自身はそんなことではないという。つまり、メディア関係者にとって、加藤の動機は思いのほかしょぼかった。社会問題ですらない。そこのなんで、こんな小さなことが、こんな大きな事件になるのか、その間を埋められない。だから、記事にならないと言っていたんです。

結局、皆、自分の鋳型に加藤をはめて主張をしたかったんだと思ったんです。しかし、裁判が始まり、加藤が語り始めると自分の立てた物語にあてはまらない。そこで皆、引いていった。それはちょっと違うのではないかとも思ったし、せめて僕ぐらいは、加藤に対して、ここから始めようと思ったわけです。

大森:僕は、何かものを作る、あるいは何かを発想するときに、「結末を自ら投げ出す勇気」というのがすごく大事だなと思っています。演出論になってしまって恐縮なんですが、例えば、脚本にひとつ長い台詞があったとします。その途中にト書きで「泣く」「涙が溢れる」と書いてあると、役者ってそこに向かって演技をしちゃうんです。無理矢理、涙を流そうと。でも、感情というのは勝手に湧き上がってくるものだから、自分の芝居で泣かせようとする役者に対しては、「ウソじゃないのそれ?」とお芝居をつけていきます。

何かあらかじめ決めている落としどころに向かうのではなく、沸きあがるものを待つ。それは中島さんの本を読んでも感じました。それがあの本の凄みになっていて、ほとんど文学だなと思いました。

中島: 本を書くときに、事件のこと、加藤のことをわかった気になるとか、単純化して自分と事件を切り離すという作業だけはやめようと思った。

僕の中に加藤がいると思わなければ、この事件を語る意味がないなと思った。もとより、彼のプライベートを探るという卑しいこと、本当だったらやってほしくないことをするわけですから。加藤のディテールを積み上げることでおのずと沸いてくるものが、皆の何かにひっかかると思った。納得するのではなくて、ひっかかるものを書きたいと思ったのがこの本です。きっと、映画を撮られるというのもそういう感覚なんじゃないでしょうか。

大森:実際の事件で結末はすでに出ていて、しかも、それは皆が知っている。それに、欠けたパズルをはめていくように、彼の家庭環境や学校生活みたいなものを描いていくのは、映画の手法としては多いし、僕も最初はそういう風に発想していきました。が、やりはじめたら全然、おもしろくない。これは違うな、と思って。

そもそも、大体、見せようとしたものは人は見てくれなくて、勝手にお客さんが見つけてくれたものが、お客さんの心に残っていく。そう僕は信じてるんですね。

だから僕、アップっていちばん難しい表現で、あまり好きではなかったりします。アップって、ある種の感情移入を強要だったり、無理矢理「ここを見なさい」っ言っているようなものですから。もちろん、映像表現として使うときもありますし、でもそのときは、丁寧に、ここは使えるなというシーンで使っています。

結局、人の心に何が残っていくのかというと、自分で発見したものが残るんです。お客さんが自分で発見したものが、5年、10年経って、「あの映画、こういうこと言ってたな」「こういうシーンあったな」って思い出してくれたら、すごい幸せですけどね。

⇒Vol.2「“本当の友達”という幻想」へ続く
http://nikkan-spa.jp/412176


映画『ぼっちゃん』(http://www.botchan-movie.com/)
監督・脚本/大森立嗣 出演/水澤紳吾、宇野祥平、淵上泰史、田村愛ほか ユーロスペースにて公開中。他、全国順次公開! 製作・配給/アパッチ twitter:https://twitter.com/botchan_movie

●中島岳志(なかじま・たけし)
1975年生まれ。歴史学者・政治学者。北海道大学大学院法学研究科准教授。専門は南アジア地域研究、近代政治思想史。2011年に、秋葉原事件の加藤智大の足取りを追い、関係者への取材を行い、裁判の傍聴を重ね、『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』(朝日新聞出版)を著す。ほか著書に、『中村屋のボーズ』(白水社)、『保守のヒント』『ナショナリズムと宗教』(春風社)、『朝日平吾の鬱屈』(筑摩書房)、『ガンディーからの“問い”―君は「欲望」を捨てられるか』 (日本放送出版協会)、『ヒンデゥー・ナショナリズム』(中公新書)、『やっぱり、北大の先生に聞いてみよう―ここからはじめる地方分権』(北海道新聞社)など。twitter:https://twitter.com/nakajima1975

●大森立嗣(おおもり・たつし)
1970年生まれ。前衛舞踏家で俳優の麿赤兒の長男として東京で育つ。大学入学後、8mm映画を制作。俳優として舞台、映画などの出演。自ら、プロデュースし、出演した『波』(奥原浩志監督)で第31回ロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。その後、『赤目四十八瀧心中未遂』(荒戸源次郎監督)への参加を経て、2005年、『ゲルマニウムの夜』で監督デビュー。以降、『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』『まほろ駅前多田便利軒』『2.11』などを手がけ、国内外で高い評価を得る。最新作『さよなら渓谷』(http://sayonarakeikoku.com/)は今年、6月22日公開

<構成/鈴木靖子>

秋葉原事件 加藤智大の軌跡

なぜ友達がいるのに、孤独だったのか――

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