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災害弱者を放置する日本に絶望しました

【佐藤優のインテリジェンス人生相談】
“外務省のラスプーチン“と呼ばれた諜報のプロが、その経験をもとに、読者の悩みに答える!

◆相談者 路傍の医師2さん(ペンネーム) 医師 年齢不詳 女性

私は3月11日、北茨城の障害児施設で当直医をしていました。震災で山の中の施設と周囲の老人施設や病院はライフラインがすべて止まりました。海から遠く津波の心配はありませんでしたが、余震のたびに動けない障害児や患者さんたちをスタッフと真っ暗な外に出しました。私が絶望したのは、何日も助けが来なかったことです。自衛隊は1週間後に来ましたが水を置いて行くだけでした。災害弱者を放置するこの国に心から嫌気がさしました。東京に戻っても私は頭がおかしくなり、東京都知事選に出てテレビで自分の考えを主張しようかとも考えましたが300万円かかると知り止めました。日本を捨ててハワイにでも移住しようとも思いました。災害弱者を放置するこの国を変える方法はあるのでしょうか?

◆佐藤優の回答

東日本大震災で露呈したのは、日本の社会と国家が構造的危機状態にあるということです。厚生労働省の官僚や自衛隊員も、政治家も一生懸命に仕事をしています。しかし、空回りしています。これを哲学や神学の立場から考察すると、現下日本に悪が蔓延しているからということになります。現在起きている事柄を深く理解するために京都学派の哲学者・田邉元の思想が役に立ちます。太平洋戦争は、日本人に大きな災いをもたらしました。太平洋戦争後の「軍部が悪く、普通の国民は国家指導部の被害者だった」という言説がはらむ危険を意識して、田邉元はこう述べました。

<悪をなくすといふことは人間にできないことである。しかしできなくなつても人間がその間に立つて不断に懺悔し、自己が死ぬことによつて、その無なる自己の媒介により国理(引用者註*国家の論理)を摂理にかなはしめるように、自己の属する国家の行動を摂理に一致させるやうに、言ひかへるならば、国家の悪といふものがないやうに、国家が合理的に理性にかなふ如く行動するやうに力を尽さなければならない。自分たちが国家の媒介として無を行ずることが完全にできなければ、できなかつたといふことを懺悔して国家の罪をわれわれみづから負わねばならない。>(『哲学入門』271頁)

東日本大震災は自然災害です。しかし、それに対する備えが十分でなかったという点について、人間も責任を負わなくてはなりません。もちろん政治家や官僚など、国家を運営する側にいる人と普通の国民が負うべき責任は、質においても、量においても異なります。しかし、災害弱者を十分に救済することができないような社会を作ってしまったことについては、私たちにも責任があることを自覚し、今後の行動で社会構造を変化させていかなくてはなりません。懺悔という言葉からは、心の中だけで反省する消極的な印象を受けます。しかし、田邉元が主張する懺悔は、以下の文からも明らかなように積極的な概念です。

<これ(註*懺悔)は単なる倫理的悔恨がただ個人の心に起る、過去の過誤罪責に対する後悔であるに止まるのと違つて、その罪責を社会の前に告白すると同時に、未来に対してそれを繰返さないやうに心の改められたことを誓ふものです。>(前掲書268頁)

被災地での経験を経て、あなたは〈頭がおかしくなり、東京都知事選に出てテレビで自分の考えを主張しようかとも考えましたが300万円かかると知り止めました〉とおっしゃいますが、頭がおかしくなったのではなく、懺悔をテレビでアピールするという形で実践しようとしたのだと思います。ハワイに移住するのではなく、休息のため1か月くらい滞在して、医学というあなたが持つ専門知識を使って、社会を自分の身の回りから少しずつ強化していく方策を考えれば、日本は生まれ変わります。期待しています。

【今回の教訓】
弱者を救済できない社会の責任は皆にある

【佐藤優】
60年生まれ。85年に外務省入省。在英、在ロシア連邦大使館、国際情報局分析第一課で活躍。02年に背任の容疑で逮捕。『インテリジェンス人生相談―復興編―』(小社刊)が好評発売中

◆募集
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◆今回の参考文献
哲学入門―哲学の根本問題

京都学派哲学の基礎を築いた田邉元による哲学の入門書。どこまでも人間の有限相対的性に即して思索を行おうとする、晩年の思想が体系的に語られている。66年刊

インテリジェンス人生相談 復興編

超個人的な問題から佐藤優が導く日本復興のシナリオとは!?




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