表面的には超平等なベーシックインカムは、日本にこそ必要なクスリだ/鈴木涼美
ドイツ経済研究所は、希望者から抽選で選んだ120人のドイツ人に3年間毎月1200ユーロ(約15万円)を支給し、ベーシックインカムの実証実験を開始すると発表。UBI(無条件ベーシックインカム)は、政府が国民や居住者に対して最低限の収入を保障する政策で、コロナ禍を機に、導入に向けた議論が世界的に活発になっている。
安野モヨコ『働きマン』に、「会議で話されている事の7割が無意味だ」というセリフがあって、企業に勤めていた頃はしょっちゅうそれを反芻していた。よく働きアリの分担に喩えられるが、会社には3割のやる気と能力のある人がいて、7割はよく言えば会社っぽく見せるための賑やかし役、悪く言えば役立たずがいる。必ずしも悪くない。
平時にそれを抱えられるのは会社の余裕となるし、無駄話をしているおじさんたちは社会の縮図っぽくて楽しい。ただし、役立たずなだけでなく、いることで他者のモチベーションを下げる有害な人もいて、餓死しろとは言わないから家でゆっくりして欲しいと、結構な人数が思っている。
コロナ禍で世界的な経済危機が懸念される中、ドイツでベーシックインカムの実証実験が始まる(21年春に給付開始)。プロジェクトでは希望者の中から120人を抽選で選び、3年間月約15万円を無条件で支給する。雇用不安などが危惧される状況下で、収入がなくとも最低限の生活が送れることとなり、それによって労働意欲やストレスにどのような影響があるかなどが調査される。
ベーシックインカムの議論は日本を含む各国で盛り上がったり下火になったりしてきた過去があり、フィンランドなどすでに社会実験に取り組んだ事例もある。その実験結果や、すでに失業時の手当が充実した欧州各国の状況を見ても、お金を与えたところで全員が働かなくなるわけではない。
働かなくなる人はいるだろうが、それが無意味な会議で後輩の意欲を奪っている有害社員かもしれないので、全体にとって悪影響とは言えない気がする。酷い労働環境にいる者や不本意な仕事で心身をすり減らしている者が一旦労働から離れられるのも魅力的である。
私は、生活保護より年金より失業保険より、表面的には超平等な無条件ベーシックインカム(UBI)は、日本にこそ必要なクスリのように思う。
人種的多様性の低さや義務教育水準の高さによって、過度な平等主義に陥りがちな国では、人の境遇に対する「ズルイ」の感情が蔓延し、数としては1%もないような生保の不正受給を過剰に吊し上げ、寄付や募金など施しの概念が貧困で、未だに在日特権なんて言葉がネットで飛び交い、学校は飛び級も成績に合わせた教育もできず、オンライン授業や卒業式の晴着まで不平等を理由に取りやめたり導入しなかったりする例はいくらでもある。
人が生まれ持っている才能や個性なんて大してなくて、それぞれ違う境遇に立ち向かうからこそ育つと思うのだけど、自分の持たないものを持っている人の存在を受け入れる土壌は、ここにはない。
個人的には、最近声高に性産業の廃止を謳っている社会活動家のような近視眼の正義に蹴りを入れる意味でも、低収入層への格差是正施策は歓迎する。彼をはじめとする性産業の廃止を望む正義漢には残念なことだろうが、始まりが貧困や男女不平等にあったとしても、成熟し、文化ができ、悦びや誇りが生まれてしまった場所は、貧困が原因で仕方なく辿り着く者が減っても結構逞しく残っていくだろうし、そんな歓楽街で「貧困と搾取」とヒスを起こす活動家を見てみたい。
写真/Adobe Stock’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
僕らはアリギリスだね/鈴木涼美
『おじさんメモリアル』 哀しき男たちの欲望とニッポンの20年。巻末に高橋源一郎氏との対談を収録 |
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ