「かわいそう」と支持者に守られる首相、批判者をいじめっ子にしてしまう疑問/鈴木涼美
コロナ関連の対応による多忙で、安倍首相が体調不良で検診を受けたことが各メディアで報じられた。1月26日から6月20日まで147連勤だったことや、麻生太郎財務大臣が記者に「あなた(新聞記者)も147日間休まず働いてみたことありますか?」と発言したことも話題になった
147連勤という言葉にはそれほど響くところがなく、ホスト好きの風俗嬢たちは生理休暇もなくソープの早番とデリヘルの遅番を毎日繰り返す人もいるし、ホストクラブにいる時間以外はすべて自宅待機でデリヘルに出勤している者もいる。週6で出勤するホステスが唯一の休日を客とのゴルフやデートに費やしていることは多いし、新聞記者も物書きも、休みなんて概念はあまりない。別に誰も褒めてはくれないし、褒められたいなんて思ってもないと思うけど。
都内の病院で検査を受けたという報道が流れるなど、体調不良が心配される首相だが、それを批判から逃れるための嘘だとことさら強調する声も、逆に体調に同情してメディアや野党の非情を叩く声も、想定通りで特に面白みがない。
体調不良が原因となった前回の辞任劇の記憶も消えてはいないし、別に具合が悪いのは嘘だとは思わない。ただ、場違いの旅行推奨キャンペーンや、止まらぬ感染第二波への批判の声がいよいよ高まっている際に、理由が何であれ雲隠れされたことへの苛立ちも理解できる。
少なくとも、連勤も頑張っていることも努力して対応に奔走していることも、それで同情を引けるような事柄ではない。指揮官が、身体がボロボロになるほど働かねば回らない現状が本当にあるなら、組織運営や執行する機関の構造に問題がある。
男社会系の会社で働く女性たちもそうだが、プロ意識の高い夜の蝶も、生理コントロールに人一倍気を使い、生理前で体調が悪くとも、それを理由にしないために過度に無理することがある。女はすぐに生理を言い訳にサボると言われてきた歴史の、負の記憶があるからだ。
逆に蝶たちを雇用する多くの職場は、生理や妊娠と言われたらどんな条件でも黙る。ただでさえ批判を受ける立場であるため、世間に批判の武器を渡すことには慎重だからだ。
実際に身体的な苦悩がある人や場合に対して説得力を維持するためにも、「体調が悪い」と普段から濫用することは控えて慎重になるべきなのだ。批判した者を瞬時にワルモノにしてしまうような鎧は、メディアの批評能力すら奪いかねない。
国民を守るべき責務を負う者が、国民をワルモノにしてはいけない。佐藤浩市は、自身が総理大臣役を務めた映画で、「すぐにお腹を下す」という設定を希望したと話して、安倍首相の持病を揶揄するものだと槍玉に挙げられた。
持病やセクシャリティや人種が、コメディの際に最も難しい気配りを求められる要素であるのは間違いないが、批判を許容する存在としての屈強さが最も求められる立場の者が、「かわいそう」によって支持者に守られ、批判者をいじめっ子にしてしまう性質でよいのかつくづく疑問に思う。
ブッシュやトランプ批判のパレードはなかなかに痛烈な風刺を孕むが、それを非人道的だとする批判はあまり聞かないので、そういう意味ではトップとしての素質はいくらか持っているのかもしれない。ブッシュの似顔の上に「National Embarrassmints」と書かれたお気に入りのミントタブレットケースを見ながら思う。
写真/時事通信社
※週刊SPA!8月25日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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