デリーからシク教聖地、チベット亡命社会へ――小橋賢児「ヒマラヤ麓の宿で不思議な体験をした」

2015年の夏、日本中でもっとも熱かったダンスミュージックフェスティバル「ULTRA JAPAN」は、一人の男の熱狂から始まった。周囲の反対を押し切って開催したイベントは成功し、巷間に伝導したころ、その男はバックパック一つでひっそりと旅立つ。

小橋賢児【僕が旅に出る理由 第9回】

短い滞在のデリーではあったが他にも出会いがあった。

友人の紹介でデリーを拠点にアジア各地で年間の所得が「3000ドル未満」の層に対してのプロダクトを提供するビジネスにトライしている人や、彼らの仲間でインド人+日本人女性のバンドマン達とも出会い、彼らの日常の生活も少しだけ垣間見る事ができた。

正直、これまで会ってきた観光客相手のインド人があまりにもめちゃくちゃで掴みどころがない人間が多かったのだが、彼らはこれまでのイメージを360°変えるくらい素晴らしい人柄の人々であった。

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バンドマンたち初めて会った僕をお気に入りのライブハウスに連れていってくれたり、家まで招待してくれて、彼らの母親特製の美味しい料理までご馳走してくれたり、秘密基地まで連れていってくれて僕のためだけにスペシャルライブまで披露してくれた。

招待された食事 おいしい食事彼らの音楽をここでお聞かせ出来ないのが残念だが焚き木の炎でライトアップされた中でのスペシャルライブは格別に心に染みた。

秘密のライブ本当だったらもっと彼らとも一緒に過ごしたかったが、名残惜しい気持ちを残しながらデリーを後にした。

ところでデリーといえば中国も追い越す勢いで空気汚染が深刻だという。実際に滞在中は街中に粉塵舞い、かなり喉が痛くなるほど明らかに空気は汚染されていた。インド人にそれを尋ねると、空気汚染より生きる事の方が大変だから気にしてられないという答えがかえってくる。

世界的にこの空気汚染は問題になってきているが、先進国に追いつきたいという途上国の思いが、この空気汚染をさらに悪化させてるのではないかと思うと何だか解決の糸口の見つからない深い迷路に入ったようで、このままいくと本当にどうなってしまうのかという不安はインドを旅して何度も感じる一方で、どんな環境の中でもあっけらかんとして生き抜くインド人の樣には常に驚きを隠さずにはいられなかった。空気汚染、貧困問題、都市部であっても交通網はめちゃくちゃなのにも関わらず、平然と生き抜く彼らの姿をみると同時に生きる強さみたいなものを感じるのだった。

深夜特急を利用してさらに北上しシク教徒の聖地アムリトサルへ向かった。

以前にも書いたが、いわゆる世の中が抱いているターバンを巻いたインド人のイメージはこのシク教徒がモデルらしい。ただ、実際には人口の2パーセンントしかおらず、街中にターバンを巻いている人はそこまで多くはない。その昔、シク教徒は積極的に外交に出向いた為に外国人から見るインド人のイメージがターバンを巻いた姿になったそうだ。

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ターバンを巻いたシク族そんなターバン姿も、このアムリトサルにいると数多く見かける事が出来る。というのも、このアムリトサルにはゴールデンテンプルといわれる黄金の寺があり、インド全土からシク教徒の人が聖地巡礼に訪れるからだ。

聖地それだけでなく、シク教はどんな宗教の人間でも受け入れ、寺院とは思えない素晴らしいホスピタリティを提供しているらしく、実に様々な人種の人間がその善意にあやかろうとその寺を訪れていた。ざっと見ただけでもシク教が提供しているホスピタリティは無料の食事(一日3万食)、無料の宿泊施設、無料送迎に、無料インターネット、無料のトラベルエージェンシーまであり、寺とは思えないほどのサービスで正直かなり驚いた。

無料の食事その中に外国人専用の無料宿泊施設まであり、なかなか綺麗で居心地のよい空間に24時間ホットウォーターまで使えた。

外国人専用宿泊施設 宿泊施設なんの宗教にも属さない僕だが、これだけの人々を助けているのを目の当たりにすると宗教とは何なのか、何のためにあるのか、と流石に考えざるにはいられなかった。事実、信仰者であろうと無かろうとこの寺では毎日3万食の食事が無料で提供され、パッと見ただけで千人くらいは軽くいるのではないかという人々が寝床を提供されている。ここまでされてありがたみを感じない人はいないだろうし、宗教がなければ生きていけない人たちもいるのだろうから特定の宗教をもたない僕が簡単に宗教を語るのも理解するのもとても難しい。

間もなく世界一の人口を誇るインド人のほとんどが何かしらの宗教を信仰しているので、旅の道中ではよく君は何教を信仰しているんだ?という質問を多くされた。ここインドにおいては何もないと答えるのがちょっと恥ずかしくなるくらいで、信仰がなくとも寺や神社に出向く日本人は、世界からみるとよほど奇妙な民族なのかもしれないと気づかされる。僕自身、強いて言うなら自然信仰というかこの宇宙に存在する全てのものが神であり、真理こそ神だと思っているのだが、この様々な信仰のあるインドで人類にとっての宗教の意味を徐々に考えるようになっていった…

アムリトサルかさらに北上していくと今までのいわゆるインドという雰囲気から一転、美しいヒマラヤを覗く山脈地帯になっていく。

ヒマラヤの街並みどこへいくにも今までみたいに簡単に電車、一本道を走る寝台バスでいう訳にもいかず目的地まで100kmだから近いなと甘くみているととんでもないことになる。

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ローカルバス幾度となく跳ね上がるぼろぼろのローカルバスで急斜面の山道をスレスレの対向車を交わしながらの100kmの移動は6時間、時には8時間以上もかかり、この記事を執筆することはおろか眠りにつくのも困難だし、小学校の遠足のバス以来、本当に何度も吐きそうで気持ち悪くなった。

しかしローカルバスの良いところは様々な人々の普段のライフスタイルが見渡せるし、バスのカラーリング、デザインが実に個性的で面白く、毎度陽気なインドミュージックが車内に流れるので、慣れれば値段の高い寝台バスなんかより全然面白かったりする。

買い物に出かけるおかあちゃんから、学校へ向かう学生、そして裸同然のサドゥ(修行者)まで本当に様々な人種が乗ってくる。バスには必ず一人の車掌が乗っていて出発後に一人一人に料金を回収しにくるのだが実に見事に全員をカウントして覚えてるし、激しい揺れにも全く動じずに慣れたようにバランスをとりながら車内を歩き回る姿にはほんと感心してしまう。乗り降りの場所も自由みたいで、降りたい場所で口笛を鳴らして合図するのだ。激しい揺れだけは勘弁だか、使い方さえ覚えればインド全土にかなりの本数があるので実は便利な乗り物だという事もわかってきた。

長い峠を越え、ようやく着いた場所はダラムサラ。

ご存知、ダライ・ラマ法王をはじめチベットを離れた多くのチベット人が暮らす亡命社会となっている場所だ。

街中には赤紫の民族衣装を羽織ったチベット人が多くみられ他のインドとは全く違う独特な雰囲気をかもし出していた。しかし、そんな神聖な場所だと思いながら街を歩いていたらPARTY TONIGHT !というポスターを見かけるではないか…

この山奥の秘境でPARTY?

どんなもんかと気になったらいくしかないということで行ってみたら、中は完全なクラブ状態になっていて流石にチベット人こそはいなかったがターバンを巻いてるものから様々なインド人がDJの音に合わせてガン踊りしていた。流れていたのはインド的ダンスミュージックも流れてはいるのだが、トランス、ダブステップ、EDMと今の流行りの音楽もとことんMIXされて流れていて、踊っているインド人もYouTubeなどで世界中の音楽を聞いてるのかボーカルパートに合わせて合唱までしていた。

PARTYそんな思いもよらぬパーティーだったが、ダラムサラまできて自分自身がパーティーを楽しむという気にもなれなかったのと、翌朝から雪山トレッキングに行く予定を組んでいたので早々に切り上げその日は早めに寝る事にした。

翌朝、まだ薄暗い明かりと寒さの残るなか標高2000mのダラムサラからさらに片道4、5時間の山を登りはじめた。

例え冬の寒い時期でも、上り坂を10分も歩けば汗が吹き出してきて一気に冬の装備は夏に変わる。久しぶりの登り道はなかなか急で足腰にはこたえたが、山を登ると思考がクリアになり様々なアイデアが湧いてくるので山があるとどうしても登りたくなってしまう。

普段は波乗りが大好きな僕だが、波ばかりを追いかけるといつも海と砂浜と同じロケーションばかりになるので、ある時から内陸の旅も積極的にするようになった。そのおかげで旅の道中でもこうやって素晴らしい景色の山を堪能することが出来るようになったし、何よりも山登りは自分の心とじっくり向き合える一番のアトラクションでは無いかとも思っている。自分が今調子が良いか、正しい道へ進んでいるか、自然と向き合うことでそれらに気づける時がある。例えば、調子が悪い時は夕陽を見にいっても曇っていたり到着時間が遅れて見れなかったり、自分の心がクリアで迷いが無い時は何ともいえない素晴らしい景色に出会えてし自然から正しい道だよと教えてもらうことができる。

山を歩く少し前になるが、自分の誕生日を富士山頂で迎えたいと思い、一人富士山に登った事がある。

一つ山で見た目の美しい山は、見た目よりもなかなか厳しい山登りとなった。

それ以前にもネパールやチベットで山登りは経験していたが、山脈を何日もかけてゆっくり登っていくのと、ただひたすら一つ山の頂上を目指していくのでは訳が違う。ましてや調子にのって一番遠くて困難と言われている登山口から登ってしまったせいで思いのほかに苦労してしまった。

富士山ほどメジャーになると山登りの厳しさのしらない若者が余裕こいてジーパンにTシャツのみのかなりの軽装で登っていたりして、大丈夫なのかなぁっと心配になっていると案の定途中で酸素が足りなくなるわ、寒さで凍えているわでは完全にくたばっていたりと意外とこれらの人々は多く見かけるくらい富士山登頂はそんなに甘いものではなかった。

山脈のように景色がところどころ変わればまだ気分も変化してよいのだが、頂上はすぐそこに見えるが、全く距離は縮まらずほぼまっすぐの道をひたすら登るだけで、5号目の次は6号目と思いきや本5合目というのまであり想像していた何倍もの体力を要した。

そしてようやく山頂まで目前の9合目まで到着した頃に急に雲行きが怪しくなり、あっという間に青空は黒い雲で覆われ、しまいには雷、そして氷まで降ってきてしまった。

仕方ないから諦めて下山しようとか、ここに宿をとろうなど周囲にいた人間のほとんどからあきらめの表情と落胆の声が聞こえてきた。

山頂も誕生日も目前なのになんて不運なんだ!と一瞬はネガティブな思いもよぎってしまったが、こういう時こそ自分の運命を信じろ、自分の心がまっすぐであればきっと自然ともつながると自分を信じ目をつぶり、ひたすら山頂が明るくなるのをイメージした。

かれこれ30~40分くらいした頃であろうか、ふと頭の上の方から明るい光がさしている感覚がした。

目をあけると山頂のほうにあった雨雲がまばらになり隙間から光が差しているのが見えた。今だ!と思い一目散に頂上を目指した。

我を忘れてひたすら登りつづけようやく頂上に到着したはいいが、予約していた宿はおろか、夏の繁忙期であるにも関わらず全ての宿のドアが閉まっていた。

流石に3776メートルの山頂で野宿はできないので予約していた宿のガラスを必至に叩いた。すると中から宿の人が出てきて驚いたように、こんな嵐の中よくいらっしゃいましたねーと言いながらドアをあけてくれた。

わー凄い景色!こんな景色はなかなかないですよ!お客さん!

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富士山山頂というので振り返ってその景色を見ると遠くに雷が見え、その間に虹、西の空には綺麗な夕陽までが同時に見える奇跡のような光景がそこにはあった。
そして、あまりに興奮したのかそこから一睡もすることなく朝を迎え、素晴らしい雲海と共にこの上ないくらいのご来光を拝む事ができた。

決して自然はなめちゃいけないし、大自然を相手に無理な行動は慎むべきだと思うが、あの9合目で自分を信じないで諦めていたらこれらの光景は見れなかったのではないかと思う。

この日の体験以来、思考と自然のあり方というのをさらに強く感じるようになった。人によってはこの手の話が信じられないだろうし、あまりにも常識外の話なのでつくり話か頭でもおかしいと思う人もいるかもしれないが、本来自然ととも生きてきた生き物であれば自然と同調するというのは決してぶっ飛んだ話ではないし、現代社会から切り離されて自然と暮らす地域にいけばいくほどこれらの事は当たり前の事の感覚になっていく。

旅をしている時は特にこれらの現象がさらに強くなるようで、自然現象だけではなく人の出会い、起こる出来事、その全てが偶然とは思えないこれというタイミングで次々に起きていき、まるで時空でも超えてしまったかのような濃密な時間軸を体験する事がある。

それらを「引き寄せ」と呼ぶのかわからないが単なる偶然という言葉では片付けられない事が多々あるのは事実である。

このダラムサラでの登山からの下山後にも実にこれぞというタイミングで複数の友人からメッセージが残っていた。僕がどこにいるのかも知らない筈なのに何故かそこには次の行くべき先が示されていた。しかもそれぞれがこの地から行こうと思えばいける距離に…。

僕はこれは何かのメッセージだと思い、その道しるべに従いそれらの地をいくつか訪れた。その内の一つがヒマーチャル プラデーシュ州といってヒマラヤの麓にある綺麗な山や川が連ねる場所であった。

猛暑の続く夏のインドでは長期滞在者やインド人にとっての避暑地になり多くの人々で賑わうらしいが、流石に真冬にはほとんど人はいなかった。

それもそのはず、温度計をみると-13°と冬の北海道くらい寒いのに安宿だと暖房すらロクになかった。あったとしても安物の電気ヒーターを炊いたまま寝るのは非常に危険なので寝袋や毛布に絡まりながら寝なくてはならない。

そんな観光客が誰もいない山奥のあるカフェ兼ゲストハウスに僕は一人彷徨いたどり着いた。

ジムモリソンカフェそのカフェの名前はジムモリソンカフェといって、辿りつくにはローカルバスで山道を何時間も走り、さらに森の奥にあるサインを辿っていかなくてはならない。ロックスターの名前やキャラクターを使用している時点で外国人向けのカフェなのは一目でわかったが、流石にこの真冬に来る外国人などおらずたまにほんのわずかなインド人がくる程度で宿泊者は完全に僕一人だけであった。

店名からしてもセンスのある外国人がオーナーかなぁなんておもっていたら、そこにいたのはアジアンフェイスの子供達4人と犬が一匹いるだけだった。

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カフェを経営する子供たち?しかしながら客が僕一人だけだったせいか、僕が彼らに近いアジアンフェイスだったせいか、彼らとはすぐにうちとける事が出来た。

彼らが僕を客というより、家族のように振る舞ってくれて一緒に火を起こしたりご飯をつくったり雑魚寝したり、特別な事をした訳ではなかったがそれらの全てがノスタルジックでとても暖かい気持ちになった。

カフェの中ある夜、暗い部屋の中から外を見ると反対側にあった山が明らかに赤く燃えているのがわかった。その炎はみるみる家に広がり、今にでもこちらにやってくるのではないかという恐怖に襲われた。

山火事目の前で山火事を体験するのは初めての経験だった上に火の手の距離感もわからない、どんどん近づいてくる炎に気持ち焦り緊迫しはじめた頃に、さらに追いうちをかけるように、少年らが叫びはじめたので少々パニックになりそうになってしまった。

というのも必死に叫んでいるのが現地の言葉なので一体何をいっているのかもわからないし、目の前はどんどん赤く染まっていくのでこれはどうやら本気でやばいのではないかと焦り始めた頃、実は飼い犬の名前を連呼しているんだという事がわかった。ふとみると彼らの手元にうなだれてピクリとも起きない犬がいて必死に目を覚めさせようとしていた。

なんてことだ、目の前は山火事でさらには飼い犬がこの世を去ろうとしている…

結果その夜、僕らの目の前でその犬はこの世を去ることになってしまった。

今思えば亡くなる直前異様に僕になすりついてきたその犬は僕に何かメッセージを残しているようにも思えた。奇しくも彼が亡くなったその瞬間に山火事はおさまり、僕らは彼から新しい命を授かったような気がせずにはいられなかった…

何とも今でも夢の中でみたような不思議な時間であったが、この日を境に不思議な偶然性というのがこの旅でさらに増えていくのだった…

シンクロニティ●小橋賢児(こはしけんじ)
小橋賢児俳優、映画監督、イベントプロデューサー。1979年8月19日生まれ、1988年、芸能界デビュー。以後、岩井俊二監督の映画『スワロウテイルバタフライ』や NHK朝の連続小説『ちゅらさん』、三谷幸喜演出のミュージカル『オケピ!』など数々の映画やドラマ、舞台に出演し人気を博し役者として幅広く活躍する。しかし、2007年 自らの可能性を広げたいと俳優活動を休業し渡米。その後、世界中を旅し続けながら映像制作を始め。2012年、旅人で作家の高橋歩氏の旅に同行し制作したドキュメンタリー映画「DON’T STOP!」が全国ロードショーされ長編映画監督デビュー。同映画がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭にてSKIPシティ アワードとSKIPシティDシネマプロジェクトをW受賞。また、世界中で出会った体験からインスパイアされイベント制作会社を設立、ファッションブランドをはじめとする様々な企業イベントの企画、演出をしている。9万人が熱狂し大きな話題となった「ULTRA JAPAN」のクリエイティブディレクターも勤めたりとマルチな活動をしている。

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