WWE対WCW“ナッシュビルの乱”――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第90回
ホーガン対サベージの1年がかりの因縁ドラマの完結編を目玉カードとした“レッスルマニア5”はトランプ・プラザに1万8946人(興行収益=162万8000ドル)を動員し、PPV契約世帯は65万世帯を突破。いっぽう、WCWの特番“クラッシュ――”の平均視聴率は4.3パーセントというひじょうに評価のむずかしい数字にとどまった。
2大メジャーリーグの3度めの対決は“ナッシュビルの乱”だった。ニューヨーク発信のWWEにとっても、ジョージア州アトランタを本拠地とするWCWにとっても、テネシー州ナッシュビルはいわば“中立エリア”だったが、ビンスはあえてこの南部の中都市をピンポイントで興行戦争の舞台に選んだ。
WCWは1989年のPPV第2弾として“ミュージック・シティー・ショーダウン”(5月7日=テネシー州ナッシュビル、ミュニシパル・オーデトリアム)をプロデュース。プロレスとカントリーミュージックのコラボレーションをコンセプトに、スティムボート対フレアーのNWA世界選手権の再戦とオークリッジ・ボーイズのコンサートをカップリングでフィーチャーした。
ジム・ハードWCW副社長は、プロレスファンとカントリーミュージックのオーディエンスはまったく同じ“人種”というふうにとらえていたが、大物アクトのオークリッジ・ボーイズのコンサートは観客動員アップにはむすびつかなかった。
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