美人新聞配達員の「好き」を知るためだけに生きていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十九話】
女性配達員はあまりの恐怖で放心状態になっており、何も答えることができない様子だった。私はとにかく頭を下げ続けた。ようやく我に返った配達員が口を開く。
「……びっくりしました」
「……本当にすいませんでした!」
「なんで……? 怖かった……泣きそう……」
「……ただの悪戯です……ごめんなさい」
「……ひどい」
「どんなお詫びでもします。配達所の方に謝りにも行きます。本当にすいませんでした!」
「……」
この様子では警察沙汰になることも覚悟した。江戸時代から続く我が一族の呪い。一族の男の全てが警察のご厄介になるという不名誉な歴史を止めることはできないのか。江戸時代のご先祖様は北辰一刀流の奥義書を偽造した罪で石抱の刑、曾祖父は暴行罪、祖父は飲酒運転による器物破損の罪、父は当て逃げ犯ときて、私はこんなちゃちい軽犯罪で捕まるのか。不謹慎ではあるが、どうせ捕まるなら、もっと派手な罪で逮捕されたいものだ。せめて親父の当て逃げを越える罪で……。頭を下げつつも、心の中でそんなことを考えていたら、配達員が口を開いた。
「……ちゃんと謝ってくれたからもういいです……もう二度としないでくださいね」
「……ありがとうございます! 約束します。本当にすいませんでした!」
許してもらえたことでようやく一安心である。そこではじめて女性の顔をしっかりと見た。バルセロナオリンピックの水泳平泳ぎの金メダリストである岩崎恭子によく似た顔だ。細い目が特徴の丸顔の女の子。良い意味で絶妙の田舎臭さを残している可愛らしい女の子だった。歳は二十歳ぐらいか。何かあった時の為に彼女の名前と職場の連絡先を控えさせてもらった。名はナツキと言うそうだ。
「じゃあ……失礼します!」
先ほどの悲劇が無かったかのようなハツラツとした声でナツキさんは言った。颯爽と原付バイクにまたがり、ボロ原付ならではのけたたましい排気音を残して次の配達先へと向かった。辺りにはナツキちゃんが残していった廃棄ガスの匂いが充満していた。その匂いは不思議と不快感を感じさせない匂いに私は思えた。ここまでの騒ぎになったのに、同棲中の彼女は気持ちよさそうにいびきをかいていた。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!
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