美人新聞配達員の「好き」を知るためだけに生きていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十九話】
翌日は少し早めの帰宅となったが、ナツキさんのことがどうしても気になって眠ることができず、結局新聞が届く時間まで起きていた。アパートの前に原付バイクが停まる。間を置いてから、新聞受けに「スッ……ススッ……スススッ……」と少しずつ新聞が入って来る様子が見えた。昨日の惨劇を思い出して、再び新聞を引っ張られないかと恐る恐る新聞を投函しているようだ。「俺のこと全然信じてねえじゃねえか」と思いつつも、そんな人間臭い彼女の行為がとても可愛らしくて、思わず「フフフッ」と笑ってしまった。ベランダに出てアパートの前の通りを見渡すと、原付バイクで走り去る彼女の後ろ姿が見えた。段々と小さくなっていくその背中に「お疲れ様」と声をかけた。私はすでにナツキちゃんのことを好きになっていた。
再び声をかけようかとも思ったが、最悪な出会い方をしてしまった関係で、声をかけたらナツキちゃんが怯えてしまうだろうから我慢した。別に話せなくてもいい。彼女の手で届けられた新聞を見て「あの娘も頑張ってるんだから、俺も頑張ろう」という前向きな気持ちになれるだけで、私は幸せ者なのだ。彼女と私を遮るものは玄関ドア一つ。だがそのドアは決して開いてはいけない禁断のドアなのだ。ドアを挟んでの恋。そんな恋があったっていいじゃないか。誰にも迷惑はかけてないのだから。
と、格好良いことを言ってはいたものの、ある日の仕事帰り、配達を終えて私のアパートを立ち去ろうとバイクにまたがっているナツキちゃんとバッタリ出くわしてしまった。
「あ……」
「あ……」
お互いにそれだけ言って押し黙ってしまった。嫌な沈黙。気まずさとバイクのエンジン音だけが場を支配する。私は適当に場を繕って家の中に逃げ込もうとした瞬間、エンジン音が止んだ。
「おはようございます。この前は本当にすいませんでした」
「おはようございます……私……もう気にしてないですよ」
「それならよかったです。じゃ……」
「……あの、もしかしてお仕事帰りですか?」
「……そうですね。いつもこれぐらいになっちゃうんですよ」
「そうなんだ……大変ですね……今日も一日お仕事お疲れ様でした!」
あんなひどい仕打ちをした私に対して、この娘は満面の笑顔で労いの言葉をくれるのか。これが女神というものなのか。ナツキちゃんの優しさが私の荒んだ心を癒してくれるのを感じた。
「あなたこそ朝早くからご苦労様です。いつも配達してくれてありがとうございます」
「……」
「どうしました?」
「この仕事って、配達中に人と会うことがめったにないんです。お礼を言われるようなことが全然なくて……だから感動しちゃいました!」
「そうなんですね……」
「本当に嬉しかったです! じゃあ仕事戻りますね! また~!」
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ