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美人新聞配達員の「好き」を知るためだけに生きていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十九話】

「嘘くせえ話だな~!」  タクシーの後部座席に偉そうに座っている社長に、私とナツキちゃんの恋話は一蹴されてしまった。久しぶりに社長と退社時間が被ったので、たまには一緒に帰ろうかということで、今日は相乗り帰宅をしていた。社長からの胸がキュンとなるような恋の話を聞かせろというリクエストに応えようとしたのだが、社長のお口には合わなかったようだ。いつものように社長の説教が始まった。 「勝手に良い話風にしてるけどさ、簡単に言うとお前がスケベなだけってことだよね」 「……」 「同棲してる彼女に内緒でチョロチョロしてさ、ナツキちゃんのことを親父のような目線で見てたとか言ってるけど、ヤレるもんならヤリたかったでしょ?」 「……むぅ」 「綺麗事ばっか並べなくていいんだよ。ナツキちゃんとお別れの日に何て言えば良かったか教えてやろうか? 『君とヤリたい』だよ」 「……直球過ぎません?」 「OKをもらえたら儲けもんだし、仮に嫌われてもいいじゃん、ナツキちゃんはお前のことを引きずらずに前に進めたじゃん。中途半端なことしたから誰も得してねえじゃん。土壇場で嫌われ役は男が引き受けなきゃ。お前は自分のことしか考えてなかったダッセー奴だ」 「……くぅ」 「お前も含めて最近の若い奴らはさ、言葉ばっかり達者だからダメなんだよ。人間の本質って汚いもんなんだからさ、そこをちゃんと見せるってことが一番ピュアなんじゃないのかね。お前なんていろんな女とヤリたいだけのクズ野郎なんだからさ。ちゃんとクズらしくしろよ」 「……むむぅ」 「俺はそんなクズなお前が好きなんだよ。ピュアなクズでいてくれよ。俺をガッカリさせないでくれよ」 「……はい」  社長の言葉はいつも乱暴で滅茶苦茶だけど、本気で言ってくれているのが伝わるから不快な気持ちにならない。逆に言えば、自分より年上の社長がちゃんと大人のクズでいてくれるから私も安心してクズでいられるのだ。 「運転手さんはどう思いますか?」  この状況で突然話を振られた運転手さんはドギマギしていたが、ポツリポツリと話し出した。 「恥ずかしながら、私も社長さんと同じ意見ですね。私なんてね、離婚してしまって独り身なわけです。それでこの歳になるといつまで生きられるか分からないでしょ。そうなると食べたい物を食べたいし、エッチなこともしたいですよね」 「さすが、運転手さん、分かってるね~。お前も見習えよ」 「いえいえ、何でも言ったもん勝ちですからねぇ。私なんてしつこく家に来る訪問販売のオバちゃんに『ヤラせてちょうだいよ』と何回もお願いしたら、ヤラせてくれましたからねぇ……いやぁ、あれはよかった……」 「……」 「……」 「社長、その話詳しく聞きたいですね!」 「おう! 一番のクズがいたなぁ(笑)」  クズが運転するタクシーにクズが二匹。それはとても居心地のいいタクシーだった。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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