更新日:2018年04月06日 19:49
ライフ

美人新聞配達員の「好き」を知るためだけに生きていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十九話】

 その日から私とナツキちゃんを遮っていたドアはなくなった。彼女が配達に来た気配を感じたら、玄関のドアを開けて彼女を待ち構える。ニッコリとほほ笑む彼女から新聞を受け取り、軽く世間話をする。ナツキちゃんは次の配達先に行かないといけない。私は部屋に同棲中の彼女が寝ている。そんな二人に許された時間は長くても二分ぐらい。たった二分だが、当時の私はその二分間の為だけに辛い毎日を生きていた気がする。 青森県出身。 二十二歳のフリーター。 六勤一休で新聞配達、他にバイトはしていない。 青森出身だがリンゴよりミカンが好き。ミカンより桃が好き。 好きな色は青。 好きな季節は冬。 好きなものはアイスクリーム。 好きな歌手は倉木麻衣。  たった二分間の会話でも、ナツキちゃんのプロフィールがどんどんと埋まっていく。好きな女の子の情報を集めているという感覚よりは、自分の生き別れの娘について必死で調べている父親のような感覚だった。頑張る彼女を保護者のような目線で私は見守っていた。ナツキちゃんのことばかり聞いて、私自身のことはうやむやにして答えなかった。自分だけ楽しむズルい大人である。  三か月だった新聞契約は、私によって一年契約に延長されていた。楽しい日々はまだまだ続くものだと思っていた。  いつでも別れは突然やってくる。 「私、青森に帰ることにしたんです。家の都合で急に決まっちゃって……」 「えっ……」  あまりの急展開に軽く眩暈がするほどショックを受けたが、何とか言葉を紡ぐ。 「そうなんだ……寂しいけど仕方ないね……実家帰っても元気でね」 「……ありがとうございます。せっかく仲良くなれたのに寂しいですね」 「……寂しいね。こんなに仲良くなれると思わなかったよ。出会い方が最悪だったしね」 「もう! 本当ですよ! あんな悪戯されたの絶対忘れないです!(笑)」 「本当に悪かったって(笑)」  あの日の最悪の出会いを思い出して二人で笑う。
次のページ right-delta
「たぶん今日が配達に来るの最後になるんですよ」
1
2
3
4
5
6
7
死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

⇒立ち読みはコチラ http://fusosha.tameshiyo.me/9784594078980

おすすめ記事