美人新聞配達員の「好き」を知るためだけに生きていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十九話】
翌日から新聞のある生活がはじまった。格好良いことを上述したが、私は新聞などには全く興味が無かった。だが、彼女を悲しませない為にも、自分がついた嘘を真にしなければならない。私は毎日、新聞を楽しそうに読む演技を続けていた。私が無理をしていることに感づき、私の様子を注意深くうかがっていた彼女も、次第にこの件に関してはあまり気にしなくなり、新聞に入っているチラシを折り紙代わりにして不細工な形の兜や鶴を作っては私に見せてくるような安定期に入り、この件は一件落着と相成った。
新聞騒動から数週間が経ったある日のこと。溜まった残業をこなして深夜三時に帰宅というお決まりコースで我が家に帰り着いた私は、すぐには寝ることができず、睡魔に襲われるまでの暇潰しとしてPCのトランプゲーム「ソリティア」の通信対戦に興じていた。「ブルルルル……」と不意に原付バイクの排気音がした。時間帯的にアパートの住人ではなく、おそらく新聞配達員だと思われる。日々の仕事の重圧に加えて、なかなか「ソリティア」をクリアできないイライラが溜まっていた私は、ちょっとした悪戯でストレスの解消をすることにした。配達員が新聞受けに新聞を差し込むのをいまかいまかとアメリカンフットボールのような前傾姿勢で玄関で待ち構える。ドアの差し込み口に新聞が入ってきた瞬間、えいやっ!と勢いよく新聞を引っ張った。
「わっ……きゃぁぁぁぁっ!!!」
男性配達員の野太い悲鳴を期待していた私は、予想を上回る大音量と甲高い女性の声で思考回路が停止してしまった。近隣住民が警察に通報してもおかしくないぐらいの絶望に満ちた悲鳴であった。私が慌ててドアを開けてみた先には、尻もちをついて転んでいる女性配達員の姿があった。彼女の顔を確認するよりも先に謝罪をした。
「……あの……大丈夫ですか?……本当にすいません!」
「……」
「怪我とかされてないですか? 大丈夫ですか?」
「……」
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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