美人新聞配達員の「好き」を知るためだけに生きていた――爪切男のタクシー×ハンター【第十九話】
―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。
【第十九話】「クズなお前が好きなんだよ。ピュアなクズでいてくれよ」
彼女が泣いている。
久しぶりに定時で帰宅できた冬の日の夕暮れ、西武新宿線の線路沿いに建つ我がアパート。部屋の中にまぶしく差し込む西日をスポットライトにして、部屋の真ん中で彼女は悲劇のヒロインのようにおいおいと泣いていた。帰宅した私の顔を見た彼女は、TVゲーム「スパルタンX」のザコキャラのように両手を振り上げたまま突進してきた。当時の彼女は、服用していた精神安定剤を断薬していた時期であり、その影響によるいつもの大暴走だと悟った私は、彼女の突進をしっかりと受け止めた上で、ヘッドロックで彼女の頭をギチギチと締め上げて、彼女の心を落ち着かせることに成功した。
先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように、彼女は座椅子にちょこんと座っている。話を聞いてみたところ、私の不在時に、新聞契約の訪問販売員が訪ねてきたそうで、何とか追っ払おうとしたのだが、断薬の副作用で異様なハイテンション状態だった彼女は、気づいたら三か月契約を結んでしまったそうだ。そのことを申し訳なく思って泣いていたのだという。
「そんなことかよ……可愛いもんじゃないか」と思った。最近、風俗嬢から教えてもらった「好きな人が悪いことをしたら、ちゃんと叱ってあげるのも愛情表現の一つなんだよ」という言葉が頭を駆け巡った。だが、今回の件に関しては別段怒るほどのことではない。クーリング・オフを使えば簡単に解約できることだ。そうは思ったが、彼女のことなので「解約とか余計な手間を取らせてごめんね……」と自分を責めてしまうことは容易に想像できた。それならば、もういっそ新聞をこのまま取ってしまうことにした。
「気にせんでいいよ。そろそろうちも新聞取ろうと思ってたしな~」
「え……」
「編集の仕事とかしとるしさ、仕事に役立ちそうやから読もうかなって思ってた。社長からも読め読めってずっと言われてたしな」
「……」
「だから、ちょうどよかったんじゃないか~。契約する手間省けたわ」
「……ありがとう!」
男女が長年ひとつ屋根の下で一緒に暮らしていると、良いことも悪いことも色々起きる。二人の関係を長続きさせる秘訣は、良いことが起きた時に一緒に喜ぶことよりも、悪いことが起きた時にそれをどうやって一緒に乗り越えていくかが大事なのだ。自分達の身に降りかかる不運な出来事は、考え方と努力次第でどうとでも変えられる。怪我をしたら身体を休めるチャンスだと思えばいいし、借金が出来た時は働く理由が出来たと思えばいい。要は起きてしまったことを大したことにしなければいいのだ。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!
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