雑学

急逝した大酒呑み、ゼロやんとの苦い思い出【沖田臥竜が描く文政外伝~尼崎の一番星たち~】



親分から教わった“見送り”の流儀


 ゼロやんは、私の舎弟で「時代錯誤」という古風をひたすら愛した男の兄弟分であったことから、私にとって筋でいえば弟にあたる。

 ゼロやんが病院へ担ぎ込まれた。一報を受けた際には、取るものもとりあえず、ホワイトブッチャーという巨漢な舎弟を連れ、担ぎ込まれた病院へと駆け付けた。

 通常、ケンカの場面以外でブッチャーと私が連なることは先ずない。

 先ずないのだが、私の目の前に座っていたのがブッチャーしかいなかったので、非常事態に致し方なく連れていく事にしたのだ。

 ブッチャーは尋常ではない荒くれ者なだけあって、もちろん車の免許証というような野暮なものを持っていたりしない。助手席に太い身体を沈めると、

「兄貴! 急ぎなはれ!」

 と言っているだけであった。

 病室に辿り着いたときには、ゼロやんの意識は既に朦朧としていた。

「ゼロやん! 逝ったらいかんぞ! 当番のことなんて気にせんでええからな! 負けるな!」

 よっぽど私の方が当番を気にしていたのである。

 ゼロやんの手を握り、必死に励ました言葉がこれであった。

 だが、一瞬たしかに死の淵で必死に戦っているゼロやんの唇がフッと笑みを漏らしたように私には、映った。苦笑いを浮かべてくれたのであろうか。

 これがゼロやんの最期であった。

 そのまま、ゼロやんはこの世に別れを告げていったのであった。

 シンが死んで10日目。釈放後わすが7日目であった。

「沖田、中で見送ったれ。親より先に死んだ時は仕切りの中から見送ったらなあかんのや」

 ゼロやんが出棺される間際、私は親分からこう教えられていた。

 その後のゼロやんの親族が火葬場に向かう為に、霊柩車やマイクロバスなどに分かれて乗り込み始めると、親分は喪服の上着を脱ぎ、額に汗を流しながら一人で大声を上げて、車の誘導をし始めたのだった。

 親分とはそういう人だった。

 すべての車を葬儀場から送り出すと、親分はハンカチを額に当てながら、容赦無く降り注ぐ陽射しを見上げた。

「ゼロは無口な男やったけど、ええ男やった」

 と呟いたのだった。

 私も親分の横で降り注ぐ陽射しを見上げながら、「はいっ」と答えた。

 見上げた夏の空はどこまで青く果てしなかった。

― ゼロやん、シンによろしく伝えてくれよ ―

 私は静かに心の中で、そう呟いたのだった。

【沖田臥竜】
76年生まれ、兵庫県尼崎市出身。元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、RーZONEで連載。「山口組分裂『六神抗争』365日の全内幕」(宝島社)に寄稿。去年10月、初の単行本『生野が生んだスーパースター男、文政』(サイゾー)を敢行した。5月19日には、大阪ミナミのロフトプラスワンウエストでトークライブを開催予定。

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生野が生んだスーパースター 文政

ヤクザ、半グレ、詐欺師に盗っ人大集合。時代ごときに左右されず、流されも押されもしない男達が織りなす、痛快ストーリー。





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