「俺はあの笑顔が好きだ。るりちゃんから笑いを取りたい」――46歳のバツイチおじさんはヒンドゥー教の聖地で大きな邪念を抱いた〈第40話〉
「好きだな~、あの笑顔」
一瞬、胸が締め付けられるような想いがした。
だが、その瞬間、自分の中に変な感情が湧いてきた。
いや、これはきっと俺の中の煩悩であり欲望と呼ばれるものだろう。
「俺もるりちゃんから笑いを取りたい」
そのくらいの煩悩、神様も許してくれるだろう。
俺は頭の中を凄まじく回転させた。
そして、ある答えが出た。
俺 「朝陽を見ながら、ヨガの太陽礼拝してくる!」
るり「えーー!(笑)」
よし、ウケた!
るりちゃんが笑った。
素敵な笑顔だ。
俺はサンダルで岩場を歩き、三つの海が交わる場所のほうへ歩いた。
崖沿いの波打ち際に近づいた、その時だった。
空がよじれた。
地球がぐるぐると回った。
時の流れを刻むランダムなピアノ音が、速いリズムで不旋律を奏でながら悲鳴をあげた。
「!?」
何が起きたんだ?
俺「痛っ!」
突然のことでよくわからなかったが、
どうやら岩にダイナミックに滑って半回転したようだ。
急いで起きあがろうとした。しかし、
ジャッポーン!!!
大波が崖際まで到達し、その水しぶきで全身がビショビショになった。
状況が飲み込めなく、俺は一瞬パニック状態に陥った。
なんども焦って立ち上がろうとするも、岩に滑りまくって立ち上がることができない。
周りを見回すと、みんなが大きな声を出している。
ふと遠くを見ると、大波が俺のほうに向かってきていた。
やばい!
このままだと大波にのみこまれる!
立ち上がらないと死ぬ!
焦って立ち上がろうとするも、濡れたサンダルと岩ではまったく立ち上がることができない。
やばい。
今度こそ正真正銘のピンチだ。
インド人「俺の手に掴まれ!」
インド人2人が俺の元に駆け寄り助けに来てくれた。
俺は彼らの手を握りなんとか立ち上がった。
そして3人で一目散に走り、波打ち際から離れた。
そこに、大波が到達した。
ジャッポーーーン!!!!!
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
あぶねーーーー!!!
俺「ありがとう。助かった」
インド人①「ノープロブレム。どこから来たの?」
俺「日本です」
インド人②「珍しいな、一緒に写真撮って良い?」
さすがインド人、こんな状況でも写真か。
インド人のカメラでセルフィースタイルの3S写真を撮った。
彼らにお礼を言い握手をし、お別れをした。
「るりちゃ~ん」
全身がビショビショの状態でるりちゃんの元に戻った。
るり「えっ!? ごっつさん、大丈夫ですか?」
俺「岩が滑って、全然立てなくって、大きな波が来て、とにかく大変だった。見てた?」
るり「遠くのほうで、ごっつさん急に消えたなーって思ってたんです」
俺「そう、ずっこけてた」
俺はるりちゃんの顔をよく見た。
るりちゃん、全然笑ってない。
むしろ引いてる。
正真正銘のドン引きだ。
とにかくまったく笑ってない。
るり「怪我はないですか?」
俺「たぶん。少し擦りむいたぐらい」
かっこわりー!
なんでいつも肝心な時にこうなんだ……。
るり「ごっつさん、カメラ……」
俺「あーーー!」
スリランカで盗まれ泣く泣くインドのバンガロールで購入したデジタルカメラが、岩に打ちつけたらしく、半分がぐちゃぐちゃになっていた。ついでに波に濡れてビショビショの状態だ。
俺「壊れた……。うんともすんとも言わない」
るり「…………」
俺は苦笑いを浮かべながらるりちゃんの顔を見た。
るりちゃんは哀れみの表情を浮かべていた。
俺「神様がもうこの旅で写真を撮るな!って言ってるんだと思う。これ、何かのメッセージだよ」
本来、無心でお祈りをするべきヒンドゥー教の聖地・カニャクマリの日の出。
そこで、「るりちゃんにウケたい」というよこしまな気持ちを吐露してしまったばかりに受けてしまった神様からの手厳しい洗礼。この旅で花嫁になる女性を撮るためのデジタルカメラというまさに「煩悩のカタマリ」をも神様は破壊してしまったのだ。
ふと、元嫁との結婚式の時の神父の言葉を思い出した。
神父「演出家は結婚式を演出してはいけない」
俺は元嫁との結婚式のときに、神父からこう言われた。
ディレクターである俺は新郎の立場に専念し、式を演出しようとしてはいけないと。
思えば、「花嫁を探しながらそれを連載に書く」ということ自体、自分自身や恋愛をどこか客観的に見ている。
そして、冷静にカメラに収めている。
俺はいま休業中だが、テレビのディレクターだ。
旅の始まりに「仕事をしたくない」という理由でカメラを置いてきた。
カメラを持つと、俺は仕事の鬼になり、人の気持ちも考えずズケズケと被写体に近づいていく。
「良い画が欲しい! もっと強い画が撮りたい!!」
撮られる側にとっては、はた迷惑な話だ。
ふと気づいた。
カメラを置いたとしても、この連載を書き続けてる限り、同じことをやっているのも同然だ。
常に人を観察してしまっている。
バスケ部の親友、中道の言葉がまた脳裏をよぎった。
中道「あ? 世界一周花嫁探し? 調子乗るなよ。そんなブログを見た奥さんの気持ちも考えろ」
さすが親友。俺の心の奥にある陰部を一瞬で見抜いていた。
元嫁だけではない。この旅で出会った女性はどんな気持ちで俺を見ていたんだろう?
「最低だな、俺」
そんな俺を見るるりちゃんの目は、どこか哀れんでいるかのように感じた。
そして、金色の太陽もまた、冷ややかな目で俺を蔑んでいるように感じた。
次号予告『また自己嫌悪に陥ったバツイチおじさんに最後の試練が!? るりちゃんとの恋の結末、すべて書きまくります』を乞うご期待!
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