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「俺はあの笑顔が好きだ。るりちゃんから笑いを取りたい」――46歳のバツイチおじさんはヒンドゥー教の聖地で大きな邪念を抱いた〈第40話〉

宿に到着し、るりちゃんとしばしのお別れをすると、電気もつけず一人でごろりと横になった。 そして、天井を見上げながら、ふとこの旅について考えてみた。 「世界一周花嫁探しの旅か……。何やってんだろう、俺……」 旅をする前に博多の屋台で飲んだ、中学高校と同じバスケ部の親友、中道の言葉を思い出した。 中道「あ? 世界一周花嫁探し? 調子乗るなよ。そんなブログを見た奥さんの気持ちも考えろ」 静かに目を閉じた。 時の流れを感じた。 時はランダムなピアノ音を立てながら移ろっている。 やがて、ピアノ音は消え、俺は静寂に包まれた。 「……最低だな、俺」 その時、ドアをノックする音が聞こえた。 俺はベッドから飛び起き、ドアを開けた。 ドアの向こうには笑顔のるりちゃんが立っていた。 るり「ごっつさん、お腹空きません?」 俺「……う、うん。すいた」 るり「ご飯行きましょうよ」 俺「そういえば、朝からほとんど何も食べてないね」 夜の街に繰り出すと、街は巡礼者たちでごった返していた。まるでお祭りの夜のような喧騒だ。どの食べ物屋さんも多くの人で溢れかえっている。 るり「ごっつさん、屋台で何か買ってお部屋で食べません? 疲れちゃって、あの人ごみの中で食べるパワーないです」 俺「いいよ。今日、クソ暑いなか散々歩いたもんな」 2人はインドの軽食であるサモサやドーサカレーなどを買い、宿に戻った。 俺「るりちゃん、俺の部屋で食べる? 共用スペースないもんね」 るり「はい。5分後にお部屋に行きます」 俺は脱ぎ捨てられたTシャツやタオルなどをバックパックの中に押し込んだ。そして、テーブルに買ってきた食べ物を並べた。 中道「あ? 世界一周花嫁探し? 調子乗るなよ。そんなブログを見た奥さんの気持ちも考えろ」 またもや中道の言葉が頭によぎった。 俺「うるせー中道! もう別れたし、捨てられたんだよ、俺は!」 気持ちを切り替えるために、部屋でバスケのフリースローの練習をエアーでした。 激しい試合の最中、確実にシュートを決めるには冷静さを取り戻すことが一番の秘訣である。 高校時代何度も部屋でイメージトレーニングをしたものだ。 俺はイメージで2本シュートを決め、最後にダンクシュートを決めた。 もちろん、167センチしかない俺にダンクシュートは無理だが、ここは気持ちを切り替えるためスラムダンクをぶち込みたかった。 最後に両手で両頬をビンタし、気合を入れた。 「よっしゃー! やるし(こ)ないんだ!」 すると、なんとかいつもの自分に戻ることができた。我ながら単純な自分が嫌になる。 「今からるりちゃんが部屋に来るんだ。気合を入れないと!」 そうだ、大好きなるりちゃんと部屋で二人っきり。 聖なる街の個室で二人っきり。 聖なる街は毎晩が聖なる夜だ。 そして、聖なる夜は何かが起きる。 何があってもおかしくはない。 そう考えると、めちゃくちゃ緊張してきた。 「コンコン」 ノックの音が聞こえた。 俺「どうぞー」 ガチャリとドアが空き、るりちゃんが部屋に入ってきた。 るりちゃんも少し緊張した面持ちをしている。 るり「わー、ご飯食べる準備してくれてたんですね~」 俺「うん。まぁね~」 気まずい雰囲気を打ち消すため、二人ともわざとテンション高めで会話をした。 俺「椅子がないから、ベッドに座って食べよう」 一瞬、ピリピリとした空気になった。 るり「そうですね~」 それから二人はベッドの上であぐらをかいて座った。 憧れのるりちゃんとベッドの上で二人っきり。 胸がドキドキ高鳴った。 俺は食事なんかそっちのけで、るりちゃんを見つめた。 俺「……るりちゃん」 しかし、ベッドの上のるりちゃんは、 るり「おいしそう~」 ご飯に夢中だった。 ご飯しか眼中になかった。 そりゃそうだ。今日は移動もして、島巡りをし、日が暮れるまで歩き続けた。 しかも、朝からろくな物を食べていない。 「るりちゃんはきっと、腹ペコなんだ!」 そう考えると俺も急にお腹が空いてきた。 2人「いただきま~す」 俺はサモサに、るりちゃんがカレードーサに食らいついた。 俺「うまい!」 るり「おいしい~」

南インドの軽食であるカレードーサ

おやつ感覚で食べられるサモサ

あっという間にすべてを平らげた。お腹が収まると、ヨガアシュラムのこと、日本での仕事の話、将来の話など2時間ほど話した。 るり「ごっつさん、明日の朝、日の出見に行きますよね?」 俺「もちろん。カニャクマリに来て、日の出を見ないはないでしょう」 るり「じゃあ、明日も早いんで寝ますか。4時半起きですよ」 俺「そ、そうだね」 るり「じゃあ、部屋に戻りま~す」 俺「……うん、おやすみなさい」 るり「おやすみなさ~い」 そう言うとるりちゃんは爽やかな笑顔で部屋に戻って行った。 「せっかくのチャンスだったのにな……。う~ん」 その夜は疲れてるのにもかかわらず、なかなか寝付けなかった。
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「ごっつさーん、起きてますかー?」
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