3回めの結婚で初めてウェディング・パーティーを開いたマサ斎藤――フミ斎藤のプロレス読本#157[新日本プロレス199X編02]
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
招待状には「この人と結婚しました! 御報告パーティー」と記されていた。マサ斎藤が黒のタキシードで、倫子(みちこ)さんが純白のウェディングドレス。ロケーションは土曜の昼下がりの庭園風レストランで、小道具はシャンパンとカナッペとたくさんのお友だち。
53歳のマサさんは、3回めの結婚で初めて披露宴らしきものを開いた。
ほろ酔い気分の長州力が上機嫌でそこらじゅうをのしのし歩きまわっていた。人びとの会話の輪からちょっと離れたところにアントニオ猪木がポツンと立っていた。
倫子さんの仕事仲間で、UFO番組で有名なTVプロデューサーの矢追純一さんがシャンパングラスを片手にカマンベール・チーズをつまんだりしていた。
ちゃんとドレスアップした佐々木健介と北斗晶のプロレスラー・カップルが、八方美人を決め込んで人と人の波のなかをすいすい泳いでいく。
べろんべろんに酔っぱらったタイガー服部レフェリーが、明治大学OB“三六会(さぶろくかい)”のメンバーを中庭に集合させた。“さぶろく”とはマサさんが明大に入学した昭和36年を指す。
かつての同級生たち、体育会の仲間たちがずらりと顔をそろえると、やっぱりマサさんと坂口征二・新日本プロレス社長がいちばん若い。
“三六会”はおごそかに明大の校歌を歌い、それから「ふれー、ふれー、サイトー、ふれー、ふれー、ミチコ!」を合唱した。
服部は、マサさんが4年生のときに新入生としてレスリング部に入ってきた後輩。だから、体育会的メンタリティーのなかではふたりの上下関係は一生つづく。
服部といっしょに壇上でマイクを持った長州は、その昔、マサさんからさずかった「女の子とケンカをしたら、なにもいわずに花を贈れ」というアドバイスをそのまま新郎に返した。
大学はちがっても――長州は専修大学出身――体育会系のこんこんちきとしては、長州もまたマサさんの後輩ということになる。
それほど派手ではないウェディングケーキが正面のテーブルに運ばれてくると、マサさんと倫子さんはちょっと恥ずかしそうにケーキのまんなかにナイフを入れた。誓いのキッスは、ほんの“チュッ”だった。
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