雑学

「マイナスの感情を乗り越える方法」は哲学者・デカルトに学べ

世の中を変えるより自分を変えるほうが楽だし早いし確実


――この本のタイトルに含まれる「憂鬱」というものは、私たちの人生に立ちはだかるものです。この憂鬱さに対するデカルトなりの処方箋を、津崎先生は「精神の外交術」と名付けていますね。この「精神の外交術」とは一体何でしょう?

津崎:人間って、絶対に一人で生きられないでしょ?必ず誰かと一緒に生きていかなきゃいけない。だから、人間はそのための知恵を生み出してきた。共同体の中で培われた知恵は「常識」と呼ばれるし、王様や政治家が決めたものは「法律」と呼ばれる。これらは他人と生活するためのルールです。デカルトが面白いのは、こうしたルールを尊重しながらも、自分で自分用のルールを作っていくところです。

津崎:世間では一応そうなっているけれど、そしてそれはそれとしてきちんと認めるけれど、自分だったらどう判断して行動にうつすかな、そのような自分の行動を他人はどう判断するかな、などと自問しつつ、自分の欲望と他者からの要請というか命令の折合いをつけていく。その「折合いのつけ方」を「精神の外交術」と呼んでみました。これは、「私」と「あなた」や「彼」や「彼女」との、つまり人間同士の関係をうまく処理するための技術です。

――これも「精神の外交術」と関連する話ではあると思うんですけど、私たちは日々の生活で不満を抱いたときに、「周りや世の中が悪いんだ!」と考えがちです。でも、デカルトはそうではなかったようですね?

津崎:もちろんデカルトだって「こんな世の中!」と嘆くことはあったと思います。デカルトが生きたのは宗教戦争の時代で、外では同じキリスト教徒同士が殺し合っている。不和という言葉では片づけられない血生臭さの中を生きていたのだから、不満を感じなかったわけではないでしょうね。ただ、その不満をことさら表現するようなことはなかった。

――そんな悲惨な状況に、なぜ不平不満を言わなかったんでしょう?

津崎:そうするより、自分の思いを変えるほうが楽だし早いし確かだからです。ここが非常に重要です。「世の中を変える!」と言っても、それが実現する可能性はすごく低く、また難しい。デカルトは合理的に判断する人だったので、可能性が低いものに賭けることはしない。それに対して、自分の思いを変えるというのは確実にできることです。なぜならこれは、自分自身だけの問題で、裁量権も自分が握っているから。

――自分の思いを変えるほうが確実だと言われても、やっぱり、なかなか受け入れがたい気がします。デカルトはなぜそこまで合理的に考えたんですか?

津崎:文句を垂れてばかりいる人生の過ごし方もあるとは思いますけど、後から見れば世の中は全然変わってなくて、不平不満を言っていた自分だけが残る。そうなってしまうよりは、違う方向に知的リソースを注ごうじゃないかということですね。もちろん「世の中を変える!」という熱意を失うわけではないし、決して社会の不正を見逃せということでもないんだけど、「改革!改革!」と叫び続けるだけで終わる人生では辛過ぎる。毎日を心地よく生きていくためには、簡単とは言わないけども絶対にうまくいく「自分の思いを変える」ことのほうに重きを置こうということです。

津崎:「思い」とは何かというと、自分の欲望や恨み、悲しみや嘆き、そういった感情などです。そしてこちらのほうをコントロールする。これはね、効果抜群だと思いますよ。哲学は「生活必需品」だと先ほど言いましたけど、そういう意味でデカルトは非常に使い勝手のよい、精神衛生に有効な「薬」を提示していたと思いますね。

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デカルトの憂鬱  マイナスの感情を確実に乗り越える方法

ニーチェ、アドラー……そして次にくるのはデカルト!!
【!】難問は分割せよ。
【!】悲しみは少しずつ解消せよ。
変えるべきは自分の「思想」だ。




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