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「キモイ、おっさん、死ね」八王子の女子高生から突然の宣戦布告――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第1話>

あれは高校生の頃だった。当時、どうしてもスーパーJOG Zという紫色の原付バイクが欲しかった僕は、それを手に入れるべく家庭教師のアルバイトをしていた。ただ、進学校に通っていたとかそういうわけでもなく、頭のレベルも低く、高レベルなことは教えられないので、高校入学も危なそうな中学生を教えていた。 仰々しく「生徒募集」とするわけにもいかないので両親の友人関係のツテで集まった子供たちに教えることにした。集まった生徒は高校入学も危ないレベルだ、それはそれは酷いものだった。 高級車の窓ガラスをぶち破ってクレジットカードを盗んで、逃亡の末に補導された異色の経歴を持つ男や、そこにZIPPOがあったから盗んだ、でも最初からZIPPOは存在しなかったのかもしれない、そもそもZIPPOとはなんだろう、という哲学めいた万引き譚を語る男、犬を盗もうとして噛まれて指を失った男などなど、盗人ばかりだった。それを交友関係に持つうちの両親もシーフか何かかと心配になるほどだった。 そんな連中に勉強を教えるのは困難を極めた。彼らはすぐにさぼろうとするのだ。「今日は雨だから休みにしましょう」「今日は湿気が高いから休みにしましょう」「風が強い」彼らはなぜか天気との親和性が高かった。さぼる口実として常に天気を引き合いにだしていた。 そんな中にあって、一つの癒しがあった。盗賊団ばかり教えていた中で、普通のご家庭の子を教えることになったのだ。それも女の子だった。女子中学生である。 大人しく純朴そうな女の子で、たぶん盗みとかもしたことがなかったはずだ。家の中も裕福そうな感じだったし、ご両親も盗みを生業にしていない感じだった。何より天気を理由にサボろうとしなかった。 次第に彼女との時間が僕の心の安らぎになっていった。これこそが家庭教師である、そんなことを実感していた。 そんなある日、大雪が降った。 真っ白な雪が町中を純白に彩った。町は混乱し、全ての機能を失って沈黙していた。その日は女子中学生の家に行く日だったが、ここまでの大雪では仕方がない、行けないのだから休みにしよう、そう決意した時、シーフたちの顔がリフレインのようにオーバーラップしてきた。「暑いから休みましょうよ、センセ」盗っ人どもの薄ら笑いが浮かんでは消えた。 “天気を理由にさぼろうとしている” それはまさしく自分だった。今まさに、僕は天気を理由にサボろうとしている。そんなことではいけない。僕がサボってどうするんだ。妙なプロ意識を燃やし、まだ柔らかい路上の雪を踏みしめ、女子中学生の家へと向かった。 女子中学生の家に到着すると、ひっそりしていた。なんだか不安になったがインターホンを押してみた。すぐに男性の声が聞こえてきた。お父さんだろう。 「家庭教師にやってきました」 そう告げると少し焦った口調で返事が返ってきた。 「あ、はい、すぐ開けます!」 すっかり辺りが暗くなっていたが、積もった雪が細かい光たちを反射してボンヤリと周囲を照らしていた。雪とは明るいのである。昔の偉人はこの明かりで勉強したのである。少しだけ自分と生徒にその境遇を重ね合わせた。 ドアが開くと、さらに周囲は明るくなった。その光の先に困り顔のお父さんが立っていた。 「困ったなあ、娘たちいないんですよ」 お父さんは弱々しく言った。 話を聞くと、どうやらこの大雪では家庭教師も来ないだろうと判断したお母さんと娘、これ幸いと大雪の影響を受けずに営業していたアーケード商店街のお店に出かけてしまったようなのだ。家庭教師はどうせこない、降って湧いた休息にテンション高めで出かけてしまったようだ。 「とりあえず上がってください」 この雪の中やってきた家庭教師を無碍に追い返すわけにもいかない。お父さんに招かれるまま家に上がることとなった。
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出された茶菓子は妙に軽く、しかし途方もなかった
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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