更新日:2019年09月17日 14:07
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「キモイ、おっさん、死ね」八王子の女子高生から突然の宣戦布告――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第1話>

出された茶菓子は妙に軽く、しかし途方もなかった

普段はそのまま娘さんの部屋に行って勉強開始となっていたが、さすがに不在時にそういうわけにもいかない。リビングへと通されて二人の帰りを待つことになった。ダイニングキッチンと続きになっているリビングは整頓されていて、豊かな生活そのものだった。決して盗みはしないような感じだった。 「ちょっとお待ちくださいね。すぐに娘たちも帰ってくると思うんで」 お父さんは焦りながらそう言った。バタバタとキッチンで右往左往し、お茶の準備をしている。ただ、コーヒーの瓶だとかそういったものが見つからないらしく、あちこちを開けてひっくり返していた。大騒動である。 「困ったなあ、どこだろう」 きっと普段はキッチンに立つことないお父さんなのだと思う。コーヒーのありかもわからない。それでも家庭教師をもてなさなければならないという気概を感じた。お父さんの持つ温かみのようなものを感じたのだった。この人はいい人だ。絶対に盗みもしない。 「あった!」 キッチンの奥底から声が聞こえた。どうやらもう少しでコーヒーが出てくるらしい。凍え切った体にはなんともありがたい。しばらく待つと少し不格好ではあったが厳かにコーヒーが出てきた。 「テレビでも見て待っててくださいね。もう少しで帰ってくると思うんで」 「はい」 そんな会話を交わしながら、大雪被害を報じるテレビを眺め、コーヒーカップを口に運ぶ。染み入る暖かさだった。お父さんもなんとか義務は果たしたと向かいに座り、ホッと一息ついてコーヒーを飲んだ。窓の外を見ると、いつの間にか雪は止んだようだった。 「あっ、お茶菓子!」 お父さんが急に声をあげた。お茶だけでなくお茶菓子も出さねばならないと思い立ったらしい。 「いえいえ、お構いなく」 さすがにこれ以上のおもてなしは心苦しいし、どうせまた見つからずに大捜索の上で出てくることを考えると申し訳ないので固辞すると、お父さんは少し怒った表情になった。 「そういうわけにはいきません!」 きっと真面目な性格なのだろうな、何事もきちんとやらなきゃ気が済まないんだろうな、なんて素敵なお父さんなんだ、盗みもしなさそう、そう感じながら受け入れ、また大雪ニュースに見入った。お父さんはまた戦場であるキッチンへと向かった。 またドッタンバッタン大騒ぎで大捜索である。しかしながら、コーヒーは見つかったがお茶菓子はそう簡単には出てこない。そもそも、本当にそんなものが存在するかどうかも怪しい。あまり来客がない家庭なら常備していない可能性すらある。 「ないなあ、ないなあ」 皆さんも経験があるかもしれないが、自分の傍らでドタドタと大捜索をされるってやつはなかなか落ち着かないものである。ゆっくりしていてください、なんて言われたが、ちょっとゆっくりできない。僕も手伝おうと立ち上がった時、台所の奥底で声が聞こえた。 「あった!」 立ち上がった時にチラッと見えたが、こんな場所も探すか、と言いたくなるような奥底まで探していた。キッチンの全ての扉という扉が開かれていた。 お父さんはいそいそと出てきたお茶菓子をオシャレな器に移し替えている。安心し、僕もテレビ画面に見入る。お父さんはすぐにお茶菓子を手にやってきた。向かいに座り、安堵の表情で少し冷めたコーヒーを飲んでいた。 いやはや、それにしても素晴らしいお父さんである。あの焦り方や探し方を見るに、普段は台所にたたないのだろう。それなのに家庭教師をもてなそうと、コーヒーにお茶菓子に大奮闘である。ちょっと不格好だったかもしれないけど、その心意気が嬉しい。なんて素敵なお父さんなのだろうか。 お父さんを見つめる。穏やかな表情だ。きっと優しい人なのだろう。盗みもしないのだろう。そんな優しい人が必死になって見つけてくれたお茶菓子をいただきましょうかね、とテーブル中央に置かれた器に手を伸ばす。 わっ、すごい、個別包装の高級なお菓子だ。白くてフワフワの包みに入っている感じがする。きっとフワフワの生地でできたひとくちケーキみたいなものが入ってるんだ。こんなのが日常的に家にあるなんてなんて裕福な家庭なんだ。そう考えながら手に取って驚愕した。 軽い。 ケーキみたいな奴だろうと思ってある程度の重量感を予想していたら、すごく軽かった。手ごたえが全くなかった。手触りもお菓子の包装にありがちなフィルム的なものを想像していたが、全然違った。布っぽかった。柔らかな優しさすら感じた。 なんだなんだ、このお茶菓子は、と眼前に近づけて驚愕した。そこには途方もない言葉が印字されていた。 「ロリエ」
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これはもう戦争である。宣戦布告である
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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