更新日:2018年08月07日 16:08
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エアポート投稿おじさんに、雲の上から微笑みかける今別府直之――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第3話>

おっさんがエアポート投稿した理由

おっさんは調子に乗ったのか、むちゃくちゃ難しい注文を出してきた。何とか要望に応えられるように撮影した。“これから飛行機に乗るぞー”という感じが僕なりには出せたと思う。なかなか会心の作品だ。 「ありがとうございます。普段使わないものですからさっぱりで」 おっさんは態勢を戻しながら照れ臭そうにそう言った。汗が噴き出していた。年齢は僕より少し上くらいだろうか。いわゆるガラケーなどをずっと使い続けていたらスマホに面食らうこともありうる、ギリギリそれがあり得そうな年代だった。そういったことに無頓着でずっと仕事だけをしてきたような、そんな実直さをおっさんから感じ取った。 「実はね、子供が生まれるんですよ」 おっさんは満面の笑みでそう言った。 おっさんの奥さんは、彼よりもずっと若いらしく、初めての出産ということだった。おっさんは出産に関して何かあっては不安だと、奥さんの実家である鹿児島で出産してくれと頼み込んだそうだ。そうすればお義母さんのサポートなどが受けられるからだ。 詳しくは聞かなったが、出産予定日には駆けつけるつもりで飛行機のチケットなどを手配していたが、急遽、予定日より早く今日になって生まれることになったらしく、急いでこのチケットを取ったそうだ。ちなみに、飛行機に乗るのも初めてらしい。 おっさんは不安そうな表情を見せた。それは初めての飛行機に対してだろうか。それとも奥さんの出産に対してだろうか。たぶん両方なのだろうと思う。おっさんの様子から見るに、このフライト中に出産が終わってしまいそうな切迫した雰囲気が感じ取れた。 「この写真を送って妻を安心させてやりたいんです。今向かってるんだぞって」 と、スマホを操作するがやはりおぼつかない。おそらくだけども、里帰り出産に合わせて連絡を密に取り合えるよう、奥さんに初めてのスマホを持たされた感じだった。出産の日に備えて使いこなせるようになりたかったが、思った以上に早くこの日が来てしまった、ということだろうか。 画像の貼り付け、メッセージの入力、それらに四苦八苦するおっさん、破壊するかと思うほどの力強さで画面を押している。見るに見かねて、よろしかったら僕がやりましょうか、と申し出てしまった。 「たすかります」 おっさんはまた照れ臭そうに笑った。 スマホを手に取りアルバムを見ると、先ほど僕が撮影した“今から乗るぞう!”というメッセージ性をビンビンに感じるプロ級の画像が一枚だけ鎮座していた。他にはなかった。やはり全く使ってないのである。奥さんが入れてくれたメッセージアプリでやり取りする、ということでそのアプリを開く。奥さんと思わしき名前しか登録されていなかった。 「文字を入れるのはちょっと練習したんですけどね、難しくて」 おっさんはまた照れ臭そうに笑った。 トーク画面にプロが撮ったとしか思えない作品を張り付ける。そして、どんなメッセージを送りましょうか? と、おっさんに尋ねた。 「空港に来ましたと打ってください」
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初めてのスマホに悪戦苦闘するおっさん
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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