雑学

吹きすさぶ台風の中、混浴風呂を目指したおっさん達の夢の跡――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第12話>

“台風はエロい。だから台風の中で混浴に来る女もエロい”


 誰かがその静寂をかき消して言った。普段なら無視されるべき狂った言葉も“台風ハイ”にある彼らは受け入れるしかなかった。私はすぐに言葉を続けた。

「台風によって日常が乱される。つまり、普通ならあり得ない世界線が作られる。日常の破壊こそ台風だ」

 私は自信を持って言った。

 “台風ハイ”の彼らはすぐに興味を持ち、食いつき、精神的に前のめりになる構えを見せた。私はその姿を確認して続けた。

「電車が止まった。帰れなくなった。行けなくなった。台風によって発生しえなかった世界線で男女がセックス的なことをしたとする。それはもう台風によってもたらされたセックスといえる。その場合、この世にあるはずなかったセックスが台風によって創成されたとみるべきだ」

 私の言葉に誰かが付け加えるように言った。

「だから台風はエロい……そういうことか」

 伝わった。

 少しだけ難解な方程式が解けたときのような、それもホワイトボードを使って協力して説いた時のような、解けるような弛緩した空気が生まれた。

 私はその空気を機敏に察知し、とどめを刺すように付け加えた。

「台風はエロい。そのエロい台風の中で混浴に来る女はエロい。それだけで混浴を目指す理由になる。いわば別府は天竺だよ」

 さらに弛緩した空気が車内を満たした。台風はエロいのである。全員がストンと腑に落ちた表情を見せた。この言葉は全てを解決してくれる救いの言葉のようにさえ思えた。もう一度心の中で念じた“台風はエロい”。

 さらに激しくなる風雨に晒されながら、おっさん4人は“台風はエロい”を合言葉に突き進んだ。そうしてついに天竺へとたどり着いた。

「まずは旅館ですな」

 沙悟浄はそう言った。

「その後に美味い飯ですな」

 猪八戒が言った。

 旅館に入り、美味い飯を食い、混浴のリハーサルと言わんばかりに混浴とは違う、別の温泉施設へと向かった。本番である混浴は明日だ。なぜならもう周囲が暗いからだ。この暗さでは見えるものも見えない。そのまえにリハーサルで温泉に入るべきなのだ。

 しかしながら、そのリハーサル温泉に気になる貼り紙がなされていた。

「明日は台風接近のため臨時休業といたします」

 おっさん4人は、その小さな紙を茫然と眺めていた。ただ黙って眺めていた。

「これ、明日は混浴露天風呂も休みになるんじゃ」

 誰かが口にした。現実にそれを言葉にしてしまうと急にその事実が現実めいたものに思えてきた。

「大丈夫だろ、混浴だし」

 その言葉の意味も根拠も行き先も、全く分からぬまま、言葉は空気に溶けむかのように虚無へと消え去った。誰も答えなかった。ただ大人しく旅館に戻ることしかできなかったのだ。

 夜の闇と同時に嵐がいっそうの激しさを持って襲ってきた。まるでこの日のために力を蓄えていたかのように荒ぶる風雨は老舗の旅館を揺らした。おっさん4人はただ明日の混浴だけを信じ、布団をかぶって震えることしかできなかった。いつまでも風の轟音が獲物を求める獣の鳴き声のように響いていた。

 目が覚めると、部屋の窓ガラスはおっさんどもの熱気によって著しく曇っていた。まるで摺りガラスのようになったその物体に手を当て、その微細な水滴を拭い取ると、その先には言い訳しようのないほどの嵐が居座っていた。木々は揺れ、雨は狂ったように降り注ぎ、アスファルトの上に波紋を作り出していた。

「こりゃダメだろ」

 温泉とかそういったレベルの嵐ではなかった。町が壊滅してもおかしくないレベルであり、湯に浸かるどうこう以前の話だった。

「でも混浴だし、いけるんじゃないか」

 相変わらずそこには理論という概念が存在していなかった。どういう理論を立てれば別府に存在する多種多様な温泉施設が休業する中で混浴露天風呂だけが営業しているというロジックが成立するのか、全く理解できなかった。

「ここまできたら理論じゃねえ、魂だ。人と人との魂のぶつかり合いだ」

 私はそんなセリフを吐いたが、自分でも何を言っているのか皆目理解できなかった。何の魂なのか、誰と誰のぶつかり合いなのか。でも、おっさん4人はその意味不明な根性論にすがるしかなかった。

「一応、電話してみるわ。営業しているかもしれないし」

 一人がスマートフォンを取り出し、温泉施設へと電話をかけた。その他のおっさんは祈るようにしてその様子を見守った。

「ええ、はい、ああ、そうですか。はい、はい」

 やはりだめか。そう思った。

 冷静に考えたら根性論でどうこうなる問題ではない。昨日行った、屈強な建物の温泉施設ですら今日は休業だ。混浴露天風呂が営業しているわけがない。すべては終わったのだ。水泡に帰したのだ。

「ええ、はい、そうですか。営業してますか。分かりました、はい」

 なぜか精神論が勝った。この嵐の中、混浴露天風呂だけは営業しているらしい。とんでもないことが起こっている。

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嵐が吹き荒れる混浴風呂に向かうと、そこには……

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