おっさんの脳は、カタカナの横文字を認識できない――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第14話>
―[おっさんは二度死ぬ]―
昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!
【第14話】三文字のカタカナが読めない
三文字のカタカナが読めない。
正確に言うと読めるのだが、読めない。何を言ってるんだと思うかもしれないが、そうなのだから仕方がないのだ。
例えば「スカイ」とカタカナで書いてあったとしよう。看板などに「スカイ」とだけ書いてある。その状況がどういう状況なのか、本当にそんなことあるのか皆目見当がつかないが、まあ、とにかく書いてあったとしよう。これが読めない人も、意味が分からない人も、まあいないと思う。そういう意味でこれは読めるのだ。
ただ、おっさんになってから疲れやすくなったのか、それとも極度に目が悪くなったのか、それとも頭の回転が悪くなったのか、ある条件が重なるとそれが「スイカ」と書いてあると勘違いすることがあるのだ。「スカイ」を「スイカ」だ。
あれはスイカだ! と強烈に意識するわけでもないし、ぶっちゃけた話、スカイとスイカを読み間違えたところで人生に大きな影響はない。そうやって無意識化で誤読したまま通り過ぎていくの。だから気付かないだけでこの手のことは数多く起こっている可能性がある。
ここで決して勘違いしないでいただきたいのは、おっさんにありがちな、カタカナビジネス用語、あれが苦手で読み間違えるということはないのだ。ああいう一見して難しそうな言葉は注意深く読む、もしくは端から諦めてわからんわ、と読まないのだ。決して読み間違えることはない。
コアコンピタンス、デファクトスタンダード、ピィディーシーエーサイクル、イラマチオ、この辺は絶対に間違えない、もしくは最初から放棄するのだ。問題なのは、間違いようがないレベル簡単なカタカナ、それも三文字カタカナだ。こいつが一番極悪だ。
ある空港に行ったときのことだった。慣れない出張に疲れ、ほうほうの体で地方空港へとたどり着いた。地方空港は命を奪いに来ているかと思うほどにアクセスが悪いことが多いので大変だ。ヘロヘロになりながら搭乗手続きを済ませ、手荷物検査に向かった時のことだ。
たいていの空港には手荷物検査を行う場所の手前に小さな長机などが置かれていて、その上にはプラスチック製のトレイが何個か置いてある。そこに検査してもらう手荷物や、ポケットの中身を入れて手荷物検査に向かうのだ。
大きな空港はこのトレイが大量に山積みになっていたりして大量の乗客にも対応できるようになっているが、小さな空港の場合はなかなか対応できないこともあるようだ。早い話、トレイが足りなくなるのだ。
一生懸命検査の人が使い終わったトレイを戻すのだが、ピーク時はそれでも間に合わないことがあるのだろう。その空港にはこんな注意書きがしてあった。
「トレイの数に限りがあります。手荷物は手にもってお進みください」
ガンガントレイを使わないでくれ、戻すのが大変だから、なるべくトレイを使わずにそのまま進んでくれ、絶対に必要なポケットの中身などに使ってくれという意味だろう。ただ、疲れていたのか、それとも何なのか、僕はこれを完全に読み間違えた。
「トイレの数に限りがあります。手荷物は手にもってお進みください」
頭の中でトイレと手荷物が繋がらない。いったい何の関連性があるのだろうかと考えこむが、それでも分からない。なぜ、なんで、そんな考えが頭の中をぐるぐる回る。誰も疑問に思わないのだろうか。ひょっとして理解できないのは僕だけなのだろうか、そう考えてめちゃくちゃ焦ってしまうのだ。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri)
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