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おっさんは、いつも心にマイ入場曲を持っている――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第13話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第13話 人生に入場曲を、心に太陽を】  町内会の一斉清掃で知り合った落合さんは、ちょっと変わった人だった。  皆が道路の落ち葉を集めたりドブの掃除をしたり、やりたくもない清掃だけど「まあ、朝っぱらから出てきたんだからなるべく綺麗にしたい」という思いから、特別汚い場所を重点的に清掃していた中、落合さんだけは違っていた。  何もないアスファルトの上をずっと掃いているだけだった。本当に何もないのだ。何もない場所でほうきを往復させていて、それでいて人一倍清掃に貢献しているみたいな重厚な表情を見せていたのだ。  汚い場所をやろうが、何もない場所をやろうが、掃除の負荷としてはそう変わらないはずだ。落ち葉なんてそんなに重いものじゃない。何もない場所をしたってそうそう楽になるわけではない。それならば掃除に貢献すればいいのに、と思うが落合さんはそうしなかった。  落合さんのその動きはダンスのようだった。掃除をする動きはそこにゴミや汚れがあるから掃除なのである。ゴミも汚れもない場所ではダンスのようなのだ。  両手をグーの形にして上下に重ね、石臼を動かすようなダンス、かなりダサいタイプのダンスだ。僕の中で落合さんは町内会で掃除をする人ではなく、ダサいダンスをする人だった。  「そこ、何もないですよ。あっちにたくさん落ち葉があるんであっちやってください」  よく人から空気が読めないと言われる僕は、落合さんに向かって堂々とそう指摘した。言ってのけた。  落合さんはその指摘に対してニヤリと笑ってこう言った。  「俺が掃除していると思うか?」  その反応に、すげー変わった人だなあ、こりゃ面倒くさい人だわ、と思いつつも心の中で“掃除じゃなくてダンスなんだろ”と考えていたら、落合さんは続けた。  「これは掃除じゃなくてダンスだ」  まさか本当にそうだとは思わなかった。彼は本当にダンスのつもりだったのだ。だとしたらすげーダサいダンスだな、おい。  「掃除をするなら下を見てこの動きをするだろ、でも俺はまっすぐ前を見てやってるからな、だからこれはダンスだ」  その理論はよく分からないけど、すげーダサいダンスだな、としか感想がなかった。  では、なぜこんな町内会の一斉清掃という場面でダンスをしなければならないのか、別に疑問には思わなかったけど、そう質問して欲しそうな顔していたので質問してみた。すると落合さんはまたニヤリと笑い、こう言った。  「キミの入場曲はなに?」  質問に質問で返すタイプの人である。  多くの方は落合さんのこの問いかけに、何を言っているんだと思うかもしれない。はあ? って思うかもしれない。突然何をトチ狂ったことを言っているんだと思うかもしれない。けれども、申し訳ないが一部のおっさん同士ではこれで話が通じてしまうことがあるのだ。  「UWFのテーマですかね」  僕は即答した。  「いいとこつくねえ」  落合さんはさらにニヤリと笑った。  僕ら世代のおっさんの一部は、幼少時代、少年時代、青年時代、それぞれで何度かプロレスや格闘技に深くはまっていることが多い。実はテレビなんかのメディアもそうで、プロレスブーム、格闘技ブームなどが何度か訪れていて、その度に積極的にテレビで放映していたのだ。僕らはその光景を観て、レスラーに強く憧れていたのだ。  そういった憧れの行きつく先は、入場曲に集約されがちだった。試合前にレスラーがお決まりの音楽をかけて颯爽と入場してくる。リング上のライトも色とりどりに光り輝き演出をサポートする。曲のクライマックスと共にリングイン、となるのだ。控えめに言ってもめちゃくちゃかっこよく、心奪われるのに十分だった。  そういった憧れを抱いたおっさんは必ず自分の入場曲を心の中で決めている。もし自分が入場する機会があったらこの曲を使う、そう決めているのだ。それはあの日の憧れのレスラーのものかもしれない。ノリのいい最近の音楽かもしれない。とにかく、自分の入場曲を持っているのだ。  もうしょぼくれたおっさんで、絶対に格闘技の試合には出ない。むしろ出たら殺される。入場曲を伴って入場する機会なんて絶対にない。それは分かっているけど、入場曲だけは決めてあるのだ。そう、心の入場曲とでも言うべきか。
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ダサいダンスの真相
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