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おっさんの脳は、カタカナの横文字を認識できない――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第14話>

「うんこ漏らしにまで気を配るなんですごい空港だな」

 普通に考えて、トイレの数が少ないという文言は、この先の手荷物検査ゲートをくぐったら極度にトイレが少ないということを示唆しているのだろう。つまり、トイレが混みあう。下手したらそのままうんこを漏らすやつだっているのかもしれない。  トイレの数に限りがあって、手荷物を持って進むように言われるということは逆説的に言うと手荷物を持って進まない輩が数多くいるということだ。つまり、この場に手荷物を置いていくやつがいる、ということだ。なぜだだろうか。  おそらくではあるが、この先はトイレの数が少ないと聞いて、極度に不安になりお腹が痛くなる人が多いのではないだろうか。やばい、それなら先にうんこしておこうか、そう考えるが、大量の手荷物を持ってトイレに行くのが面倒になるんじゃないだろうか。  もしくは、せっかく出した手荷物を片付けているうちにピューとかもう今にも出そうな感じになっているんじゃないだろうか。そうなったら手荷物は置いていくわな。 「なるほど、そういうことか」  つまりこれはおもてなしの心である。この先にトイレがかなり少ない、でも漏らしそうだからって手荷物を置いて行ってはいけない。お漏らしを回避できたとしても財布やバッグを盗まれたらなんにもならない、そう警告してくれているのである。 「こんな細部、うんこ漏らしにまで気が届くなんてすごい空港だな」  と思いながらもう一度その案内表示を見ると、ちゃんと「トレイ」と読めるのである。今まで必死にしてきた推理は何だったのか。なんならちょっと呼応してお腹が痛くなってきて手荷物置いていこうかと思っていた自分はなんだったのか。  こういった簡単な言葉の読み間違いは、自分だけに起こる脳のエラーだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。僕の職場でこんなことがあったのだ。  僕の職場で、偉い人が惚れ込んで連れてきた怪しげな男の講演会があったときのことだ。  完全にお前壺とか売っているだろうという怪しげな男がやってきて、「自分の精神を高い位置に保つ方法」みたいなちょっとスピリチュアル系の講演をすることになった。まあ、正直に言ってしまうと、あまり参加したくはない講演だ。  同僚のみんなもそうだったようで、できれば参加したくない、という雰囲気がムンムンに充満し、オフィス中を包みこんでいた。ただでさえ忙しいのに人手が減ることも危惧された。  ただ、偉い人が惚れ込んで連れてきた人だから、誰も参加しないわけにはいかない、そんな思いがあって、職場の中でもあまり戦力に影響がない人を強制参加させようと、ということになったのである。  こうして僕に白羽の矢が立った。会場に行くと、よくもまあこれだけ酷いメンツを集めたものだと感嘆の声をあげたくなるほどのクズどもで、こいつらに国家を運営させたらいきなり消費税を100%にして破綻させそうな顔ぶれだった。どこの部署も同じようなことを考えているんだと思った。  会場の前には、なぜか看板に白い紙がはられており、そこには毛筆で「スカイ」とだけ書かれていた。なんだろうと眺めていると、本当に詐欺師みたいな男がその脇から現れた。 「ここからこちらは空、大空、さあ飛び立ちましょう!」  詐欺師になるために生まれてきたような男は、サイコパスみたいな表情をして大きな声でそう言った。こりゃとんでもねえ場所にきちまったな、そう思った。
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詐欺師のセミナーで突如、異変が
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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