更新日:2018年11月20日 16:21
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シャッター街の中心で、男性器の名称を叫ぶおっさんはまるでASKAのように儚く――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第18話>

「俺の心もシャッターだらけさ」

おそらくこのおっさんは頭がおかしくなったわけではないと思う。こうして商店街の中心でチンポと叫ぶには彼なりのわけがあるように思えた。 僕の問いかけに、おっさんは「そうか」みたいな何かを悟った表情になり、ついてくるように促した。その表情はやはりマトモで、とても狂った人には思えなかった。思った通りだ。たぶん彼が生殖器の名前を連呼しているのには訳があるのだ。 おっさんに促されてついていった先には、潰れた店舗を改装した休憩所みたいな場所があった。休憩所と言ってもそう大したものではなく、店舗の中身を空っぽにした場所に誰かが自作した木製の机と椅子が置かれ、見たこともないメーカーの自動販売機が置かれているだけだった。 おっさんはそこで見たこともないコーヒーを2本購入すると、その片方をそっと僕に手渡した。 「お前はこの商店街をみてどう思う?」 おっさんは活躍していた時のASKAみたいな表情でそう言った。その言動は極めてマトモで、とても数分前まで生殖器の名称を叫んでいた人には思えなかった。 「シャッターだらけだと思います」 身も蓋もない返答をすると、おっさんは静かに笑った。 「俺もそう思うよ」 その言葉は本当に静かで、とても狂っている人には見えなかった。 「俺が子供の頃はこの商店街も活気があってなあ、セールの時なんかは人混みで動けなかったものよ」 おっさんは遠い目をしながらそう言った。とても狂っている人には見えない。 「衰退するこの商店街と自分を重ね合わせてるのかもしれんな。俺の周りにいた人ももう今は誰もいない。俺の心もシャッターだらけさ」 おっさんはそう言ってコーヒーを飲み干した。その物憂げな表情はずいぶんとマトモで、とても狂っている人には見えなかった。 「なんとかしたいって気持ちが強いんだろうな。かつてのってまではいかないけど、少しでもこの商店街を活性化したいと思ったわけよ。それが俺を救うことになるかもしれないんだ」 このおっさんの言葉には深い意味が込められていると思った。そして、僕が意味不明にシャッター商店街に魅せられていた理由が分かったような気がした。 きっと、シャッター商店街とはいつか行く自分の行き先なのだ。今は自分も大学生で、気力も体力も、周りの人間関係も充実している。それは活況な商店街のような状況なのかもしれない。けれども、そう遠くない未来、自分がおっさんとなり、それらの全てがシャッターとなる可能性は高い。いつか見る未来のビジョンとして魅せられていたのかもしれないのだ。 それを何とかしようと考えている目の前のおっさんはいつか自分が通る道なのかもしれない。そう考えるととてもじゃないがこのおっさんが狂ってるとは思えなかった。 おっさんは悠然と言葉を続けた。 「だから、ここを活性化しようと思ってよ、チンポって叫んでいたわけよ」 狂ってる! ずっとまともなこと言っていたのに、なんで最後の段になって狂ってしまうのか。なんでそうなってしまうのか。そこがどうしても理解できなかった。 どうやら、おっさんは自分がああやって生殖器の名前を叫ぶことにより、名物おじさんとして話題になって人が集まるようになり、それが商店街の活性化になると本気で信じているようだった。狂ってる。 「いや、逆に人が集まらなくなると思いますよ」 「そんなことねえだろ~。集まるだろから」 そう言って恥ずかしそうに笑うおっさんを見て完全に狂っていると確信した。もう一度言う、こいつは狂ってる。 4千万歩譲って話題になり、人が集まり商店街が活性化されてもそれはそれで困りそうな気がする。きっかけとなったのがチンポなので、名称が「チンポ商店街」とかになるかもしれない。それならシャッター商店街の方がまだ良いような気がする。 「そこだけは間違ってると思いますよ」 僕はそう忠告したが、おっさんは笑っていた。
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今でも陽気な音楽とともに聞こえてくる、チンポの叫び声
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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