世界でいちばん、「佐藤さん」が密集する場所――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第15話>
―[おっさんは二度死ぬ]―
昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか——伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!
【第15話】世界で一番佐藤がいる場所
日本で一番多い苗字は「佐藤」らしい。
この「佐藤」の名字を持つ人がだいたい190万人くらいいるというのだからたいしたものだ。ただ、多いといっても日本の総人口を1億2600万人とすると、佐藤濃度としてはおおよそ1.5%程度なので、そこまで多いとは言えない。100人いて1人いるかどうか、そんなものなのだ。
ただ、この世の中には、この1.5%をはるかに上回る濃度で「佐藤」がいる場所がある。いったいどこであろうか。そんな奇妙な場所ではいったい何が起こっているのか。今日はそんなお話だ。
僕は「めちゃくちゃ腹が減ったな、もう味とか度外視でいいからとにかく量が多い飯を食いたい」という気分の時に行く定食屋がある。
そこはまさにデブにとっての桃源郷のようで、とにかく量が多い。ここだけ重さや長さの単位が違うんじゃないかと思うほどだ。ついでに言うとバカみたいに安いので、もしかしたら通貨の単位も違うんじゃないかと思うほどだ。
そんな店なものだから、その店には自然とデブが集まり、デブのコミュニティーが形成されつつあった。ちょっとした標準体型の家族連れなんか来ようものなら裸足で逃げ出す、そんな異様な雰囲気があった。
そんなお店にそこそこの頻度で通っていたある時、奇妙なことに気が付いた。この店の店主はちょっと薄らハゲで、ハチマキのようにしてタオルを巻いて厨房で汗をだらだら流しているおっさんなのだけど、その店主のことをデブ常連たちが「アレクサンダー」と呼んでいるのだ。
最初は、もしかして店主はハーフなのかな? と考えていたが、明らかに純日本人としか思えない顔だった。容姿的にはアレクサンダー要素皆無だ。それでも常連たちは当たり前のように店主のことを「アレクサンダー」と呼ぶ。なんならバイトの若い子も「アレクサンダーさん」と呼んでいた。
「なんでアレクサンダーなんですか?」
山盛りの唐揚げ定食を食べながら隣のデブにそれとなく聞いたことがある。デブは荒い呼吸で唐揚げ定食を頬張りながら言った。
「そこには悲しい物語があるのさ、デュプウ、コポォ」
ますます気になってくる。どんな悲しい物語を経由すればあのどう見ても日本人のおっさんが「アレクサンダー」になるのか。
「なんでアレクサンダーなんですか?」
会計の時、店主にも聞いたことがある。彼は一瞬だけ悲しそうな表情を見せたが、いつもの笑顔に戻った。
「理由なんかないさ。なんとなくだよ、なんとなく」
そう言ったが、それを聞いていた常連やバイトの若い子の含み笑いを見ていると、必ず理由があるように思えた。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri)
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『pato「おっさんは二度死ぬ」』 “全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"―― |
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