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シャッター街の中心で、男性器の名称を叫ぶおっさんはまるでASKAのように儚く――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第18話>

今でも陽気な音楽とともに聞こえてくる、チンポの叫び声

それから1年と数か月経った時のことだった。相変わらず大学生として、恋にバイトに勉強にと忙しかった僕だったが、ある時、大学をサボってアパートでテレビを見ていた。 それはかなりローカル色の強いお昼の情報番組で、各地を中継で繋ぐという趣旨の番組だった。何の気なしに見ていたら中継が繋がり、見覚えのある景色が出てきた。 「あの商店街だ!」 少なからず興奮した。テレビの画面越しに見る商店街の光景は相変わらずシャッター商店街だったけど、あの日よりずいぶんと活気があるように見えた。 「なんとですね、この商店街では活性化のためにさまざまなイベントが開催されているんです」 異常に化粧の濃いレポーターがわざとらしく驚いて見せて、その商店街の取り組みを紹介していた。どんな取り組みだったのか忘れてしまったが、ゲームの大会などを企画して子供を集めたり、将棋の大会で老人を集めたりとかそういったものだった。 「今日はそんな数々のイベントを企画した仕掛け人に来ていただきました。こんにちは!」 そういって画面に引っ張り出されたのは、あの日のASKAだった。あのおっさんだった。 おっさんは異常に化粧の濃いレポーターに促されて、いかに苦労してイベントを企画したのか話し始めた。最初はゲーム大会を企画しても子供が1人しか来なかったとかそんな話だった。 苦労したんだなあ。 そう思った。そこにはまともな彼の姿があった。やはり彼は狂ってなんかいなかったのである。本当に商店街の活性化を考え、あれから地道に活動してきたのである。そしてそれが実を結びつつあった。まだまだ小さなイベントだけど、人が集まり、少しだけ活気が戻っているのだ。誰だ、彼のことを狂っているなんていったのは。 「それでは、これからの目標は?」 異常に化粧の濃いレポーターが最後の締めにと質問する。しかしASKAの様子がおかしい。緊張しているのか何なのか、急に動きが鈍くなった。何かを言いたそうにモゴモゴしていて顔色も悪い。完全に逮捕された時のASKAだ。 「どうしました?」 レポーターがそう言ったその瞬間だった。 「チンポ!」 彼はそう言い放った。狂ってやがる。 その瞬間に時間切れだったのかカメラがスタジオに戻り、何事もなかったように番組が進行していった。 ざわついた中でちょっと聞き取りづらく言ったセリフだったのであまり混乱はなかったようだが、僕にだけは分かった。生殖器の名称を言いやがったと。彼は何も変わっていなかったのだ。完全に狂ってやがる。 彼はなぜ、商店街の中心でチンポと叫んでいたのか。それは僕にはわからなかった。大学生だった僕は、なぜ寂びれた商店街に魅せられるのかよく分かっていなかった。けれども、こうしておっさんになってわかる。シャッター商店街とはおっさんなのだ。 隆盛を誇ったかつての活気を思い出しながら、不甲斐ない日々を生きていく。元気に勃起していた日々を思い出し、シャッターがおろされた生殖器をぶらさげて生きていく、そういう思いがあったのかもしれない。彼の叫びは心の叫び、生殖器の叫びであったのだ。 僕は仕事柄、取材で各地の寂びれた商店街を訪れる。そのたびに自分の姿と重ね合わせる。ここは僕たちおっさんなのだ。誰もが通る道なのだ。 そして、妙に陽気な音楽が聞こえてくると、今にもチンポと聞こえてきそうな気がするのだ。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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