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西島秀俊のセクハラはOKでも、普通のおっさんは存在自体がセクハラである真理――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第16話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第16話】僕らおっさんは存在そのものがセクハラなのだ  八王子駅にタクシー待ちの行列ができていた。  しっとりと降る雨は、どこか物憂げで冷たく、冬を運んできたとさえ思えた。タイルの上にできた少し汚い水溜りにネオンが反射してちょっとだけ綺麗に感じた。また落ちてきた大きめの雨粒が、そのネオンを揺らした。  いつもはバスに乗る道のりだが、どうやら大幅に遅れているらしい。このままではいつ乗れるのか分からない。ちょっと不経済だがタクシーに乗ろうとその待機列に並んだ。  ピストン輸送の如くタクシーが来たためか、思いのほか行列は短かった。そこで前に並ぶサラリーマンと、その彼女と思わしき女性が会話をしている。ちょっとその会話の内容を聞いてみると、どうも職場にセクハラ的なおっさんがいて、その人が本当に可哀想だ、という話のようだ。  そのおっさんは、旅行だったか出張だったか、どこの地方に行った際に、いよいよ帰るという段階になって職場の女の子たちにお土産を買って帰らなければならないと思い出したそうだ。  その職場では旅先では全員分のお土産を買う、という鉄の掟があって、それを破ると村八分的な扱いを受けたりするそうだ。それがあまりにも惨いものだから、北海道土産を買い忘れた時はわざわざ有楽町の北海道アンテナショップまで行くこともある。男はそう言った。 「大変だね。うちの職場は逆にそういうの禁止されてるなあ」  彼女の合いの手が入る。  彼氏はかまわず話を続ける。  おっさんは焦ったそうだ。危ない危ない、アンテナショップを頼るところだった、と思い出し、土産物屋へと向かった。とにかく吟味する時間がなかったので店に入り、数がいっぱい入ってそうな手近なお菓子の箱を購入したそうだ。 「これお土産だから」  旅先から帰り、出社してすぐに女子社員に箱を渡した。彼のオフィスはほとんどが女の子だそうだ。そういった甘い物に関する関心は非常に高いと推察される。すぐに何人かが集まって箱を開いたそうだ。  適当に買ってきた土産物は饅頭だった。本当はもうちょっとシャレた横文字的な洋菓子がベストであったが、まあ、時間もなかったし仕方がない、饅頭でも喜ばれるだろう。最低限の義務は果たした。おっさんはそう思ったそうだ。 「わー、お饅頭だ。美味しそう~」  シャレた横文字のお菓子ではなかったからか、少しテンションが下がった義務的な歓声があがったそうだ。しかしながら、その歓声はすぐに悲鳴に変わった。 「ちょっとこれ、形が変じゃない?」  リーダー格っぽい女子社員が声を上げた。饅頭の形がちょっとおかしいんじゃないかと疑問を呈したのだ。  地方の饅頭はこれが怖い。そう、その饅頭はもちろんそんな狙いで作られたわけではなかったけど、見る角度によってはいきり立ったチンポみたいな形をしていたのだ。とんでもないことになった。  いや、よく子宝に恵まれるとかいってそういった形の土産物を売っているところはある。チンポを祀り上げている子宝神社とか行けば、かなりエグいものもある。けれども、その饅頭はそうじゃなかった。指摘されなければ普通に変わった形だね、程度の饅頭だったそうだ。  それはどこにでもありふれた饅頭だった。誰かが指摘しなければそのまま見過ごしてもらえる事象だったのかもしれない。けれども、指摘されたらもう終わりである。瞬く間におっさんの噂は職場中を駆け巡った。その噂は姿と規模を変え雪だるま式に膨れ上がった。  そして、偉い人の耳に届くころにはとんでもないことになっていたそうだ。その噂話の尾ひれの付き方は容易に想像できる。 「Kさんが卑猥な形をした饅頭を買ってきた」 「Kさんが卑猥としか思えない饅頭を買ってきた」 「Kさんが猥褻なものを突如としてオフィスで取りだした」 「Kさんがオフィスで猥褻物を陳列しはじめた」 「Kさんがオフィスでやおら全裸になり、自分の性器をカラーコピーして頒布しはじめた」  どうせこんなところである。  結局、カラーコピーとまではいかないまでも、猥褻ととられかねない物を配布したということでKさんは「厳重注意」となったそうだ。 「な、かわいそうだろ」  サラリーマンは本当に不憫でならないという表情で語った。 「饅頭を買ってきただけなのに」  まるでスマホを落としただけなのにといったトーンで男が語ったのでちょっと笑ってしまった。  その意見に彼女も呼応するかと思われたが、彼女の返答は意外なものだった。 「それはちがうよ。それはKさんが悪い」  これには彼氏も「え?」となったが、盗み聞きしていた僕まで「え?」となってしまった。残念なことに、そこでタクシーが来て、二人は乗り込んでいってしまったので続きを聞くことはできなかった。残された僕は考える。今の話題の中でKさんが悪い部分はどこなのだろうか、そんな謎だけを残して二人を乗せたタクシーはネオン街へと消えていった。
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高校の体育祭で、この世の理不尽を目の当たりにしたのだ
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