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男は本物を求める生き物なのだ。それはSEXでさえも――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第20話>

ある日、狙っている女がラブホにやってきて……

「どうしてそんなことするんですか?」 吉松さんにそう質問したことがあった。吉松さんは少し困ったように笑って、肺の奥までホープの煙を吸い込み、それを吐き出しながらこう答えた。 「本物のほうが興奮するじゃねえか」 当時はよく理解できなかったけど、今なら理解できる。本物の方が興奮する。それだけなのだ。 先の、疑似中出しも根柢は同じだ。吉松さんも中出しレビュアーたちも、判定対象が本物であろうがなかろうが当人たちにとっては大きな影響はない。でも、本物の方がなんか興奮する。それだけの行動原理なのだ。男とはなんとも愚かで愛おしい生き物だろうか。 そんな吉松さんにある事件が起こった。 いつものようにあまり客の来ないラブホテルの受付をしていると、知っている女がやってきた。吉松さんが狙っているスナックの女だった。けっこう本気で狙っていたらしく、スマホを買ってあげたりアクセサリーを買ってあげたり、貢いでいたようだ。 その女が、よく分からない若い男を伴ってラブホテルにやってきた。なにやらイチャイチャと部屋を選んでいる。動揺が隠せなかったようだ。セックスの守護神として鍵を渡さないことも考えたが、未成年でもなんでもない相手に対してそれをすることは私情であり、守護神として失格だと思ったそうだ。 彼は唇を噛みしめ、溢れ出る感情を抑えて206号室の鍵を渡した。風呂が広くてマットプレイができる部屋だ。 休憩時間の2時間、吉松さんは気が気ではなかった。本当に狙っている女だった。その女が良く知らない男とラブホテルにいる。206号室にいる。時間とはこんなに進みが遅いものかと何度も何度も時計を見たらしい。 そして、1時間40分くらいが経過したころだろうか、206号室から男女が出てきた。やけに火照った感じで満足げな表情だったようだ。 「そ、それで、嫉妬に狂ったりしたんですか?」 心配になった僕はそう訊ねた。嫉妬とは人を狂わせる。恋とは人を狂わせる。男の方を殺したり、女の方に嫌がらせをしたり、そういうことをしたんじゃないかと心配になったのだ。 「嫉妬はしたよ。でもな、俺はそれ以上にしなきゃいけないことがあった」 吉松さんはちゃらい男から鍵と休憩代金を受け取ると、愛する人そして愛する人とセックスした男を見送った。そそてすぐに206号室に行って清掃を手伝ったそうだ。 「なんでそんなことしたんですか?」 僕がそう質問すると吉松さんはゆっくりとした口調で答えた。 「本物かどうか判定しなきゃならねえじゃないか」 彼は偽物であることに一縷の望みを賭けた。さんざんやってくるカップルのセックスを本物か否か判定してきた彼にとって最も悲しい判定だったろうに思う。 「受付や支払いの様子を見ていたら、あまり本物ではないような気がした。もしかしたらセックスすらしていない可能性もあった。内緒の話とかをしに来ただけかもしれない。だらか部屋を確かめたいと思った」 誰が内緒話しにラブホテルに来るんだよと思ったが、それでも吉松さんは希望を捨てなかった。そして部屋をチェックする。 「ゴミ箱にザーメン入りのコンドームがあったよ」 「それは決定的ですね」 僕がそう言うと吉松さんは首を横に振った。 「いや、まだ偽ザーメンの可能性もあると思った」 誰がラブホテルでファンタジーザーメンを使うんだよ。誰を騙すつもりでファンタジーザーメンを使うんだよ。 「でもやっぱり本物だったよ」 どうやって調べたかは言わなかったが、やはり本物だったようだ。 「このセックスは“本物”」 吉松さんは涙を流しながらそう判定したという。セックス守護神の恋が悲しい形で終焉を迎えたのだ。 男は“本物”を求める生き物だ。悲しき恋に身を落としながらも、セックス判定を忘れずに行った吉松さんの姿勢は“本物”であると思う。 画面の中の中出しは本物だろうか。そのザーメンは、そのおしっこは本物だろうか。そしてあなたのその恋は本物だろうか。そのセックスは愛のある本物だろうか。おっさんたちのその純粋なまでの想いは、世間に向けてそう問いかけているとすら思えてしまう。 そして彼らは心のどこかで理解している。この世の中は思っている以上に汚く醜い。全てが本物である純粋な世界なんてありえなく、それを追い求めることこそが、滑稽で二流のおとぎ話で、ファンタジーなのだと。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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