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コンビニ店員に、予想外のあだ名を付けられていた俺たちは――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第30話>

元コンビニ店員は、やはり密かに客にあだ名をつけていた

 青年はゴミ箱越しに店の中を覗き込みながら嬉しそうに言った。  彼がこの店の店員で、おまけにもう辞めたとなると、どうしても聞いておきたいことがあった。勇気を出して切り出してみた。 「あのさ、やっぱり常連とかにニックネームというか、あだ名とかつけたりするの?」  どうしても気になるところだった。僕は以前、コンビニでエロ本を買おうと死ぬほど吟味に吟味を重ね、散々迷った挙句に決意してそのうちの1冊を小脇に抱えてレジに行き、金が足りなかったことがある。38円くらい足りなかった気がする。  それだけならいいのだけど、気が動転してしまい、レジ前で「金が足りないであります!」と、ちょっと軍隊っぽい口調でシャウトしてしまい、それから「エロ本大佐」というそこそこに高い階級を持つニックネームを拝命したことがあるのだ。「エロ本大佐」だ。ひどい。そう、彼らはすぐに客にニックネームをつけるのだ。 「あーあ、あー、あー、そうですねー」  青年は意味深に笑った。少し言いづらそうにしている。 「つけてるんでしょ」  僕がさらに追及すると、青年は諦めたように笑った。 「まあ、積極的につけているわけじゃないですけど、店員同士で話をするときに分かりやすいから特徴を話すことはありますよ」  それだ、それを知りたいんだ。どういうニックネームをつけられていたか、それが知りたいんだ。  例えば僕はこのコンビニでヤングマガジンと週刊SPA!を買おうとして、あ、エロ本も買うかーと3冊購入したことがあるのだけど、その際にヤンマガ、エロ本、SPA!という順番で重ねてレジに出してしまったのだ。  偶然、エロ本をサンドする形で出してしまったが、断じてエロ本を買うのが恥ずかしいから一般紙でサンドしたわけではない。エロ本買うなら堂々と買うスキルを持っている。  ただ、このエピソードをもって勘違いされて「エロ本サンド」だとかサンドイッチはサンドイッチ伯爵から来てることにちなんで「エロ伯爵」とかけっこう高い爵位を与えられているかもしれない。  もしそうだったら心外だ。もしそうなら誤解を解かねばならない。決して恥ずかしいからサンドしたわけじゃないんだ。 「例えばどういう名前で呼んでいたりするわけ?」  いきなり僕のニックネームを質問して「エロ本サンド」と言われても怖いので、どういうものがあるのか一般例を聞いた。  ちょうどそこに常連の弁当選び親父が弁当を抱えて出てきた。ホクホクに温まった弁当を手にホクホク顔だ。 「例えばあの人とか」  青年はけっこう涼しい顔をして躊躇なく答えた。 「ああ、あの人はアウディです」  なんで? 乗っている車、黒の軽自動車じゃん。ぜんぜんアウディじゃないじゃん。 「なんで?」  理由をたずねるとけっこう親切に教えてくれた。  なんでも、あの弁当のおっさん、いつもサングラスをしているのだけど、これがパカッとサングラス部分が開いて普通の眼鏡にもなるやつらしい。いつもレジでパカッと開くので、ちょうど開いたサングラス部分とメガネ部分の〇が4つ重なり、アウディのマークに似ているから、らしい。 「へえー、アウディねー」  思ったより考え抜かれてつけられていると感じた。よくから揚げ弁当買うグラサンだからグラサンから揚げとかそんな安易なものじゃないらしい。  「じゃあ、あの人は?」  コーヒーを選んでいたおっさんがでてきた。いつも同じコーヒーを買い、49番のタバコを買うおっさんだ。 「ああ、あの人はですね」  たぶんだけど、タバコを頼むときの49番の言い方が特徴的な人なので、それにちなんだニックネームなはずだ。僕ならばフォーティーナイナーズとかそう呼ぶ。絶対そうだ。 「えっとですね」  なぜかドキドキしながら回答を待った。 「浜崎あゆみです」
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おっさんは特にアナーキーな命名をされがちである
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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